小説

『歌舞伎町物語』國分美幸(『遠野物語 寒戸の婆』(岩手県遠野地方))

 男たちも息を切らして角を曲がるが、其処に女の姿はなかった。ただ、酔いつぶれたホストや行くあてのない女達がたむろしているいつもの歌舞伎町の風景がある。違うのは、置き去りにされた草履と一人の女が忽然と消えたことだけだ。ただ、それだけのことだ。

 三十年過ぎたりし、三月四日の朝、歌舞伎町を若く疲れた顔をしたホストが歩いている。
「ああ、いつまで犬やらされるのかな?」とぶつぶつ呟いていると、どっと春の嵐が吹き荒れた。男は思わず目を瞑る。嵐が過ぎ去ったことを体感し、目を開ける。寂れた雑居ビルの前に、一人の女が立っていた。白と黒のコントラストが美しい着物に不似合いな足元をしている。じっと地面を見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。彼女に気づいたホストが声をかける。
「お姉さん、どこの店なの? お互いイベントお疲れっす」
 女が顔を上げると、ホストは眉をひそめた。若い女だと思って声を掛けたら、派手な化粧をした中年の女だったからだ。

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