「あっ、クラブの人、ですかね……?」
先ほどの軽口が嘘のように姿をひそめ、しどろもどろに言葉を紡いでいく。
「じゃあ、お疲れ様です」
男がそそくさと立ち去ろうとすると、
「ねえ、ここに草履が置いて無かった?」
「いや、その、知らないですね」
「そう、私のなんだけど、誰か持っていったのかな?」
「いつ、置いたんですか?」
「三十年前」
「えっ?」
ホストは、やばい女だなと直感し、関わりたくない一心でひっそりと逃げようとした。
「サクト、どうした?」
彼が所属する店のオーナーが、二人に声をかける。
「ジュンヤさん、お疲れさまです。こちらの女性が、靴を探しているみたいで……」
「靴じゃなくて草履よ」と女がすかさず訂正する。サクトは「すんません」と軽く頭を下げる。ジュンヤは女の顔を注視すると、はっと息を飲んだ。
「あんた、もしかして、京華か?」
女は顔を上げ、男に向けて微笑みながら頷いた。
「どこ行ってたんだよ。急にいなくなるから、みんなで探したんだぞ!」
「ちょっと遠いところ。心配してくれてたんだ。ありがとう」
「今は、何処に住んでんだ?」
「ちょっと、遠いところ。でも、心配しないで。もう、追われることもないところだから」
「なんで、そう言い切れるんだよ。分かんねえよ、ヤクザっていう連中は。未だに血眼になって、京華のこと探し回ってるかもしんねえ。お前、何しに歌舞伎町に戻ってきたんだ?」