小説

『春燈夜話』九重佑絃(『幽霊飴・子育て幽霊』(京都府))

 そのやわらかな薄明かりの中でもぞりと身じろぎした者がいた。私の腕の中の赤ん坊だ。女から受け渡された時には安らかに眠っていたようだったが、何事かを求めるように目覚めたらしい。
 生きていた。
 正体のわからない来訪者の存在を知って、対峙して、今に至るまでのおおよそ信じられない出来事をあざやかに、いとも容易く肯定するようにその子は現実に今この瞬間にも生きているのだ。
 彼か彼女かもまだわからない赤ん坊が、ふやふやとぐずりながら何かを求め探すように自らの胸元辺りをその小さくおぼつかない手でまさぐっているのに気付いて、何か具合でも悪いのかとにわかに湧いてくる焦燥感に駆られて抱き慣れないやわらかな肉体を落とさないよう慎重に片手を伸ばし、赤ん坊が手を動かす胸元を指先で同じようにまさぐってみる。
 同じ生き物とは思えないあやういやわさとともに甘い香りが鼻孔をくすぐった。
 赤ん坊を優しく厳重に包む厚手のおくるみの内側に手を差し入れると、ころころと飴が入っているのを見つけた。私の中では赤ん坊とはまったく結びつかない練りきり飴のような乳白色のそれをひとつ摘まみ出してみれば、しかし赤ん坊の探し物とはまさにそれだったようで、嬉しそうに小さな両手を伸ばしてきた。半信半疑ながら、不揃いな形のそれをそっと口元にあてがってやる。すると乳でも吸うように、小さな口で懸命にしゃぶりだした。うまそうに、嬉しそうに、少しずつ明るくあたたかくなる陽ざしを受けて、小さなその体で命を繋いでいる。ずっとずっと暗くひとりきりの部屋の中で、朝も夜も知ることなく生きようともしていなかった私の腕の中で、その子は確かに生きていた。私と、あの子の間には決して、絶対的に、どうあがいても授かることのできなかった生命。それが今、ここにある。
 腕の中の確かな体温と重みは、そのまま、私が失った幸福とそこから続いていた未来のようだった。その小さな手に、朝陽が当たる。
「……う…うわぁ…っ、あ…うわぁああ…っ!」
 私は、あの子を失ってから初めて、声を限りに泣いた。

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