あまりの非現実に、あとから思い出したように鼓動が乱れて身体が強張っていく。同じだけ力の入る腕にはしっかりとした重み。
次は何をされるかわからないと、緊張した腕に重いぬくもりを抱いたまま女からは目を逸らせない。先程も、腕やらを動かしたようにも見えなかった。変わらず伏せられたままの顔を見ることは叶わない。何を考えているのか、何者なのかまったくわからないという不安にうなじがちりちりと痛んだ。
と、その張り詰めた空気の中で生気のない女の腕がわずかに動いたように見えて今度こそびくりと肩が跳ねる。けれどその腕は私に触れるようなこともましてや襲いかかるようなこともなく、ただ、一瞬、それは赤ん坊に触れようとしたように見えた。
どうしたらいいのか、女への緊張や警戒も解けぬまま無意識に赤ん坊を抱く腕に力がこもる。それは皮肉にも外敵から守ろうとする仕草にも思えた。何も、生きることさえ諦めていた私が何を守ろうというのだろう。
気付くと女は目の前から消えていて、私はひとり馬鹿のように玄関に突っ立っていた。まるで初めから何も起こらなかったように、ただ静かで冷ややかな空気だけが流れていた。棒立ちの左手から、薄ぼんやりとした朝陽が足元にも差し込んできているのが見える。まるで生まれてから初めて見た明かりのようだった。