小説

『二人羽織』斉藤千(『芝浜(落語)』(東京都))

「お前は大人しく、身体だけ貸してりゃよかったんだ」
「何言ってんです、師匠?」
「だから言ったろ。馬鹿が難しいこと考えても碌なことにならねえって」
「師匠、あんた初めから――」
「半公」
 また風が吹き付けた。炎の中から、燃えた手拭いが羽ばたくように飛び出してきた。
「もう一遍、勉強し直してこい」

 遠くで爆笑が聞こえる。弟弟子が場を沸かせているらしい。楽屋まで届くとは大したもんだと、鏡の前で俺は思う。
「大丈夫?」姐さんが訊いてくる。「あんまり緊張するなら、今日ぐらいは一杯引っ掛けてもいいんだよ?」
 缶ビールが置かれる。
 思わず喉が鳴る。だが、俺は喉を鳴らした〈何か〉を組み伏せるように首を振る。
「いや、よしますよ」鏡の中で、半角が言った。「夢になるといけねえや」

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