小説

『大晦日の夜』太田純平(『藪入り(落語)』)

 いきなり話をフられた郁子は、自分は嫌われたくないという夫の態度に眉を顰めた。しかしこうなったら訊かないわけにもいかない。
「ごめんね大輝、さっきあなたの鞄の中をチラッと見たのよ。それで、あなたの財布が、なんか分厚いなぁ、と思って――」
 郁子が言うと、大輝の表情が一瞬で硬化した。
「なんで人のもの勝手に開けるんだよ」
「ちょっと、ボロいなぁって、見てたのよ」
「余計なお世話だよ」
「それよりあのお金はなぁに? どうしてあんなに持ってるの?」
「別に……」
 大輝の歯切れは悪かった。それがますます両親の疑惑を深める。
「お前、なんかやったんじゃないのか?」
「ハァ?」
「なんか悪いことしたんだろう」
「いや、あのカネは――」
 大輝の釈明も聞かず健作が止まらない。
「どうせラクして手に入れたカネなんだろう。お前は昔からそうだ。人生ラクな道ばかり選んできた。野球をやりたいというから道具一式買ってやったら2か月ももたなかったじゃないか」
「なんで今そんなことを。だいたいあれは先輩のやり方に納得が――」
「バイトだってそうだ。キッチンがキツいからホールに移り、ホールもキツいからって、すぐにその店辞めたじゃないか」
「あれは店長が理不尽で――」
「そうやって人のせいにばかりしているから長続きしない。今回やっと正社員になったのだって、本当はもう、仕事がキツくて逃げ出したんじゃないのか?」
 ――バンッ。大輝が机を叩く音。――が、した時にはもう、彼は立ち上がり、和室に向かっていた。「ちょっと、大輝?」と、すかさず郁子が大輝のもとへ。

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