小説

『大晦日の夜』太田純平(『藪入り(落語)』)

 健作は慌てて財布を鞄の中に戻すと和室から飛び出した。郁子も阿吽の呼吸である。リビングに不穏な空気が流れる中、何も知らない大輝がバスタオルで頭を拭きながら出て来た。この家のドライヤーは脱衣所ではなくリビングにある。それで、大輝がドライヤー目当てにいつものラックのところに向かったのだが――。
「あれ? ドライヤーは?」
「あぁ場所変えたの。そっち」
「ちょっと来ない間にいろいろ変わったなぁ。シャンプーだって変えたろ?」
「あぁ、アレはお父さんの。アタシは使ってない」
「まぁ俺も使わなかったけど」
 答えた大輝がドライヤーで髪を乾かし始める。健作はどこかよそよそしげに、カセットコンロの火を調整したり、箸や皿の位置を直したり――。
「さぁメシメシ。腹減ったぁ」
ドライヤーで髪を乾かし終えた大輝が言った。
「飲み物はなにがある? 牛乳とかやめてよ? あと飲むヨーグルトもダメ。なんかこう、炭酸系はないかな」
 そんな息子の発言を後目に、健作は段々、腹が立って来た。何やら全てが嘘くさく聞こえてくる。息子は何か大罪を犯し、この場を取り繕っているのではないか。両親に言えない何かを隠し、平静を装っているのではないか。そんな息子に育てた覚えは――。
 すき焼きの準備が整い、親子三人が食卓につく。本来であればここで再会を祝し乾杯の音頭を、となるはずが、健作はもやもやした気持ちに耐えきれず、食事を始める前に切り出してしまった。
「大輝」
「え?」
「ちょっと、話がある」
「なに」
「じゃ、母さんから――」
「えぇ? 私?」

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