小説

『四季旅館』阿部凌大(『浦島太郎』)

「ここは、四季の移ろいをこうして眺めることが出来るんです」
 そんな声がまた聞こえたが、今度はその方向を向かなかった。既に私は、この広い窓の景色に心を全て奪われてしまっていた。
 蝉の声は波のように引いて消え去った。次にこの雄大な景色の中で広がり始めるのは、少しの黄色と、そして赤だった。紅葉の広がりは池にも写り、その水面でさえも赤く染めあげていた。さらにはその木々の隙間から、地面に敷き詰められた紅葉の葉を踏みしめながら走る子狐の背中が覗かれた。そしてそんな姿を追いかけていれば、すぐに紅葉達は散り終えてしまう。四季とはこうして、消え去るものへの哀悼のために自らを彩り、そしてまた自らが消え去ることをひたすらに繰り返し、移ろっていくものなのかもしれないと思った。気づけば窓の外はまた、冬になっていた。

 
 私はそんな景色を何周も眺めた。急速に移ろっていくそんな動きは、私にはある種の生物のようにも思え、私はいつまでもそれを見ていようと、じりじりと窓に近づき、瞬きすらも捨てようとさえ思った。
 肩を叩かれ振り向くと、部屋には大量の料理や酒が並べられていた。
「食べたり飲んだりしながら眺めるのも、また良いものだと思いますよ」
 女将に手を引かれ料理の元へと近づいた。箸でつまみ上げる刺身はどれも艶やかで柔らかな弾力を帯びており、舌に乗せると途端に溶けて喉を伝い、優しげな甘みを口の中に広げた。女将に注いでもらう酒も、不思議な安らぎを与えてくれる味だった。
 そして景色はまたゆっくりと、四季を移ろわせていく。
 部屋に煌びやかな衣装を着たたくさんの乙女たちが走り込んできた。彼女たちは窓の両脇の前に立ち、踊り始めるのだった。気づけばどこかから、壮麗な音楽も聞こえ始める。そしてそれらはまた流れゆく四季と溶け合い、混ざり合いしながら、私に新たな景色を魅せてくれるのだった。
 壮大な緑を見せたかと思えば、それは月明かりに照らされ静謐な美しさにも変わる。重苦しい雨は、時折差し込む陽の光のためにその粒を輝かせ、瑞々しい虹すらかける。幾度となく繰り返される四季と言えど、私の目に全く同じ景色を映すことは無いのだった。瞬きをする間にもそれは変化し、移り変わり、その刹那の美を示して過ぎ去っていく。目の前に広がるそれは、輪ではなく、どこまでも伸びる帯のようなものだった。
 私はそれをいつまでも眺めていた。そしていつまでも眺めていたかった。だが私はいつまでも、この場所に留まってはいられない。この部屋に留まり、幾日かが経った頃、私は女将に帰る旨を伝えた。

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