小説

『四季旅館』阿部凌大(『浦島太郎』)

 私は窓の外の景色を眺めた。こんな秋の終わりのつまらない景色でも、これだけ立派な部屋から見ればどことなく綺麗にも思えてくる。そしてあっという間に日は暮れ、真っ暗な夜が景色をどっぷりと満たした。
不思議なことが起きだしたのはこの時からだった。空が明るみ始めたかと思うと、私が目をこすり再び顔を上げた頃には既に朝の光に照らされているのだった。私が目を丸くしている間にもまた再び陽は沈み、そして朝が来てすぐにまた夜になった。
「……どうなってる」
 その動きが緩やかになったかと思うと、空からはひらりひらりと粉雪が降り始めた。空の雲が千切れて欠片となって降ってきたみたいに、それは重力を振り解いてゆっくりと降り続ける。そして木々を、山を、池の水面を、その景色の全てを白に染めていくのだった。その一面の白に目を奪われていると、隣で女将の声が響いた。
「不思議でしょう?」
 私がその声に驚き、身を震わせると、彼女はごめんなさいねと呟き、歯を見せて笑った。
「ほら次は春になる」
 彼女の言葉に再び外を見ると、まだ変わらず雪景色が広がっていた。だがその細部を注視すると少しずつではあるが、その雪の下から緑や茶の色が露呈してきている気がした。そしてそれは瞬きの度に数を増し、その一つ一つはじんわりと広がり、ゆっくりと白の面積は剥がされるように溶け、最後には完全に消え去った。
 すると今度は、雪が去り露わになった土から、力強く草花が芽吹き出し、茎を伸ばし、鮮やかな花を開かせた。そしてそのすぐ後を追うように、木々の枝を薄い桃色の粒が覆い始めたかと思うと、それは一瞬にして花開き、満開の桜となって威風堂々と立ち並んだ。風が吹くとその花びらは舞い上がり、景色の全てを彩るのだった。池の水面にはそんな花びらが浮かんでいた。
 そんな桜も、見とれているうちにすっかりと散ってしまうのだった。そして桜はまた枝だけを残し、そこに出来た空虚な隙間を埋めるためのように、灰色の雲が空を覆い、しばらくの雨を降らせた。
 雲が散り散りになると、どこまでもくっきりとしたブルーが空に広がっているのだった。その下に広がる緑たちはまだその鮮やかさを残して、再び空に目をやると今度は巨大な入道雲が生まれていた。そして蝉の声が互いに呼応するように、一瞬にして増幅し、響いた。

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