小説

『夕照の道』ウダ・タマキ(『この道』)

 あなたとの十年ぶりの再会に喜びや感動は一切なく、湧き起こる感情は悲哀と積年の後悔だけでした。
 眼下に広がる鮮やかな海の色と澄みきった空の青さえ、僕の目には灰色に映ってしまうのです。
 そんな景色をぼうっと眺めながら、いま僕はあなたのことを考えています。

 ――お父様のことでお話ししたいのですが。ご来院は可能ですか?

 病院からの一報に、あなたと僕が親子の関係にあることを久しぶりに気付かされました。
 かつてあなたのことを死んでほしいと思うほど憎んでいたはずなのに、診察室で先生と向かい合う僕の心臓は、何を告げられるのかと張り裂けんばかりに強く打っていました。家族が病院に呼び出されるというのは、よほど深刻な状態に違いありませんから。
 先生は病状を丁寧に伝えてくれましたが、僕を「息子さん」と繰り返し呼ぶのには妙に居心地が悪く、あなたの今後について考えたのは夕日ヶ丘の頂上にある公園のベンチに腰掛けて漸くのことでした。

「早期発見の甲斐あって脳梗塞の麻痺は残りませんでしたが、認知症の症状が見られます。お父様はまだ五十九歳なので若年性認知症という可能性が高いですね」
 診察室で確かに先生はそう言いました。退院してからも住み慣れた自宅で生活するのが良いそうですが、一人で送る生活にどんなリスクが潜んでいるのか、認知症に馴染みのない僕に先生は懇切丁寧に説明してくれました。
「退院後、一緒に暮らすというのは・・・・・・」
 そう言いかけた先生は、僕の顔を一瞥し「難しいですよね」と即座に続けました。きっと、僕はそんな(・・・)顔(・)をしていたのでしょう。
 僕が生活の場をあなたの住む実家に移したとしても今の仕事に影響はありません。むしろ家賃の支払いがなくなれば、これから迎える子育ての期間で何かと入用になる生活の助けとなるでしょう。しかし、高校を卒業して十年以上あなたと距離を置いてきた僕が、今さら一緒に生活を送ることはどうしても想像できないのです。

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