小説

『夕照の道』ウダ・タマキ(『この道』)

 公園から見える眼下の家々には、ちらほらと明かりが灯り始めています。街の時計塔から六時を告げる鐘が鳴り我に返りました。
 静かな我が家に届く六回の鐘は、僕たちの夕食の合図でしたね。ろくに言葉を交わすことのない食卓では、いつもテレビの音だけが賑やかでした。
 僕はあなたの料理について感想を口にしたことはありません。しかし、それまで台所に立ったことないあなたの作る料理が、日に日に美味しくなるのを僕は密かに楽しみに感じていました。
 特にあなたの作るカレーライスは格別でした。よく母さんが作ってくれた味と同じだったからです。
 いつの日か、母さんと三人で夕照の道を歩いたのを覚えていますか。三人でこの公園に遊びにきた帰り道のことです。まるで鳥瞰図のように広がる街の向こうには、夕焼けに染まる海が広がっていました。
「孝明、晩ご飯は何にしよっか?」
「カレーがいいな」
「カレー好きねぇ」
「うん。今日は僕も一緒に作る!」
「よし、俺も作ろう!」
「父さん、料理できんの?」
「何事も挑戦だ」
 そう言って三人で笑って歩いた夕照の道。どこにでもあるような家族の風景が、僕には忘れ難い思い出なのです。

 
 退院の日――
 あなたは僕の記憶さえ曖昧でした。
「ありがとうございます」
 あなたの発した言葉に、僕はまるでお迎えにやって来た介護士のような錯覚を覚えるのでした。
「父さん、帰るよ」
「おお、そうか」
 ためらいながらも僕はあえて「父さん」と呼ぶように努めました。

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