ヤマさんはいつも彼らを見ていた。片方が勝つと「イェーイ」と椅子から飛び上がって喜び、「オレのほうが強い」と力を誇示し、「お前は弱い」と負けた相手をけなす彼らの様を――。
「もちろんね、負けたほうも、勝った人のことを思いやる。勝った人は嬉しいはずなのに、負けた自分のために、気を遣ってくれている。だから、そういう相手の気持ちを汲み取って、あえてこちらから、勝った人を褒めてあげる。あの手は良い手でしたねぇと。あなたはお強いですねぇと。そうやってお互いに相手を思いやることで、一つの将棋が完成する。これが日本の美しい文化――将棋というものなんだ」
タケルもシューヘイも素直でイイ子だということはヤマさんも分かっていた。だからこそ彼らに言葉で説明した。それを分かってくれる賢い子供たちだと。
「そうだね。おじさんの言う通りかもね」
「確かに将棋の名人も、勝ったあとガッツポーズとかしないもんね」
「しないしない。むしろ黙ってるよね」
いつしかタケルとシューヘイは笑顔で会話が弾んでいた。ヤマさんはそれを見ると、安心したようにヨイショと膝を叩いてから立ち上がった。
「あっ、ボクたち指していい?」
タケルが訊くと、ヤマさんは微笑みながら「あぁ」と短く答えた。タケルとシューヘイは喜々として将棋盤を挟み、恥ずかしそうにお互いに「お願いします」と言って礼をした。
溜まっていたエネルギーが爆発したように、彼らはビシビシと指していった。するとカウンターに戻ったヤマさんが、心配そうに彼らに言った。
「キミたちそのまま指すのかい?」
見ればタケルは目深に帽子を、シューヘイにいたってはサングラスを掛けたまま将棋を指していた。ようやく気付いた二人は、タケルは帽子を、シューヘイはサングラスを取って、ほとんど同時に呟いた。
「どうりで手が見えないと思った」