小説

『コミュニティハウス』太田純平(『笠碁』)

 それから何日か経った昼のこと。
 コミュニティハウスの自動扉に一人の怪しい少年が姿を現した。野球帽を目深に被り、コソコソするような態度で入って来た少年は、なるべくカウンターのヤマさんに顔を見られまいと背中を向けながら、タイトルが英語で書かれた読めもしない本を手に取っては戻し、という謎の行動を繰り返した。
 カウンターで読書をしていたヤマさんは、背中を向けている少年がタケルであることは入って来た時から分かっていたが、あえて声は掛けなかった。
 しばらくすると、再び自動扉が静けさを破った。玄関前のラックに並べられたチラシがひらりと揺れる。タケルは相変わらず帽子で目線を隠しながら、こそっと入り口のほうを盗み見た。入って来たのは五十歳くらいのおばさんだった。ただ借りていた本を返しに来ただけとみえ、カウンターに行くと「ありがとうございました」と一言いって、すぐに帰ってしまった。タケルはどこか残念そうに視線を戻すと、室内をぐるりと囲んだ書棚を回り始めた。ゆっくりとした足取りで、哲学書やら大型の文学全集など読みもしない本を手に取りながら――。
 するとまた自動扉が開いた。タケルは今度こそはと期待するように入り口のほうへ顔を向けた。そこにいたのはオモチャのような星形のサングラスを掛けた同じくらいの背丈の少年であった。彼は意に反して自動扉が開いてしまったことに驚いて、外の植木鉢に足を取られて危うく転びそうになっていた。サングラスを掛けた少年も傍から見たら怪しさ満点である。中の様子を窺うように入り口の辺りをウロウロして、その動きが時折センサーに感知され、迷惑にも自動扉が開いたり閉まったりした。
 もちろん、カウンターのヤマさんにはその迷惑な客がシューヘイであることは分かっていた。二人に干渉する気は無かったが、彼らのなんとなく気まずい空気は感じ取っていた。本当は将棋が指したいが、お互い自分からは謝ることが出来ないのだろう。夏休みのこの期間、毎日ここで将棋を指していた彼らが、ここ二、三日現れなかったのは、先日の口論が原因であることは明白だった。
 だが、孫のように可愛い彼らを叱り、気まずくさせてしまった遠因が自分にもある。そう考えたヤマさんは、ふとカウンターの棚から将棋盤を取り出すと、おもむろに立ち上がった。そして図書コーナーのほうへ回って来ると、職員であるにもかかわらず中央のローチェアに腰を落として、テーブルの上に将棋盤を展開した。

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