小説

『コミュニティハウス』太田純平(『笠碁』)

 ほどなくして二人の口論が始まった。カウンターでプラスチックのカップに口をつけてお茶をすすっていた職員が、そんな少年たちの様子にようやく目を向けた。タケルとシューヘイは小学4年生の頃からこのコミュニティハウスに通っている。隣にある小学校が終わると「将棋盤を貸して下さい!」と元気よく挨拶をして、中央のローテーブルに盤を置き、合成皮革の座高の低い椅子にちょこんと座る。そんな彼らを見守って来たボランティア職員のヤマさんにとって、彼らの「俺のほうが強い」「俺のほうが勝ち数は多い」などといった不毛な口喧嘩は日常茶飯事だった。
「もうお前なんかと将棋は指さねぇよ!」
 そう言ってタケルは盤上の駒をグシャッとやった。相手の王様を詰ますために配置された美しい駒組みは一瞬のうちに崩れ去り、ただのプラスチックの塊になった。どちらが負けても将棋に対してだけは誠実であった彼らであったが、対局を放棄して「もうお前とは指さない」と言ったのは、この数年の間でも初めてのことだった。
 これにはヤマさんもようやく重い腰を上げ、「コラコラもうよしなさい」と彼らに注意をした。将棋盤を貸してくれる人、としか認識していなかったタケルたちにとって、いつもカウンターの中で静かにお茶を飲んでいるおじいさんが叱ってくるのは意外であり、ショックでもあった。
「ほっんと腰が軽くなったわ~」
「先生のおかげよ~」
 隣の研修室の扉が開いて、今まで封印されていた声がぶわーっと図書コーナーに流れ込んで来た。ご年配の男女が口々に我が世の春とばかりに明るい声を出す。
 タケルたちは何だかバツが悪くなって、どちらともなく将棋盤と駒を片付け始めた。そして片付けが終わると、それぞれが盤と、駒の入った入れ物を持って、カウンターのヤマさんに返却した。
 出入口のところで談笑を続け、なかなか出て行こうとしないお年寄りの方々を後目に、タケルとシューヘイはコミュニティハウスを後にした。その背中を目で追っていたヤマさんは、二人が喧嘩別れのようにそれぞれ別々の道に歩き去ったのを見て、残念そうに少しだけ首を前に垂れたのであった。

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