化けの皮とは、狸が自分の毛と草を組み合わせて縫い上げる衣で、羽織ると好きな物に化けられた。昔は金玉の皮を伸ばして化けたそうだが、公共良俗に反するという理由で使われなくなっている。そもそもそんなに伸びる玉の皮を持つ狸の数が減っていたし、メスは使えない。雄雌平等が叫ばれる世の中に適さなかった。
化けの皮は誰でも使えるし人間だけでなく道具にも化けられるが、うまく扱わないと尻尾が出たりして正体がバレてしまう。昔茶釜に化けてひどい目にあった奴がいたそうで、もっぱら人間に化けることに使われていた。
「やった!」
子狐が瞬時に涙を引っ込めて狸の許に走りよると、懐から出しかけていた化けの皮をふんだくった。礼儀のなってない奴だ。昔は狸より狐の方が上品だと言われたものだが、この場では狸の方が上品であった。後で叱らねばならない。
「まぁまぁそう怖い顔をなさらなくとも。いいんですよ。どうせ最近は使ってなかったので。さぁ坊や。何かに化けてごらん」
言われて子狐は衣を羽織って化けた。ちんまりとした人間の子供になる。ふうむと狸は思案顔をした。そして子供は駄目ですね。老人になさいと言った。
「そして小僧の母親だと名乗るのです。洗濯物を取りに来たとか言って潜り込み、小僧の部屋から玉を取り返すといいでしょう」
なんと姑息な事を考えるのだ。親狐は狸の丸い腹を見る。中に何が詰まっているのか分かったもんじゃない。
言われた子狐はもう一度化けた。今度は老人である。うまいもんだと狸は感心した。親狐もまさか我が子がここまで上手く化けるとはと意外に思う。しかしこれが得意だからといって受験に有利なわけでもない。我が子の将来が少しばかり心配になった。
子狐はそのまま意気揚々と出掛けて行った。大丈夫だろうかと心配する親狐を余所に、狸はお茶でもどうですと誘ってくる。断る理由もないので、二人でお茶をして待つことにした。
ほどなくして子狐は帰った。機嫌良さそうに小走りに戻ってきた子狐の手には、見覚えのある毛玉が握られている。どうやら本当に取り戻したらしかった。