小説

『玉がない!』K・G(『狐の玉』(福井県南部))

 稲荷大明神からの使いとは穏やかではなかった。長い歴史の中で狐の中にも過激派と言われる連中が生まれており、なにかと軋轢を生んでいる。稲荷大明神は使いを出して時々狐の見回りをしているのだ。いわば狐界の警察であった。
「そう名乗ったのか」
「間違いない。ちゃんとその証である神主の服を着ていらした。お前、なんぞしたのかと思って、儂がこうして出向いたのだ」
 偉そうに言う。しかし知らせは有難い物だった。稲荷大明神の呼び出しを無視すればしょっぴかれて牢獄行きであると聞いている。
「どこにいらっしゃる」
「村の入口で待っていただいている」
 それはいかんと親狐は慌てて正装すると、家から飛び出した。果たして村の入口には神主姿の人間の姿をした者がいた。稲荷大明神の使いは皆一様にして人間の姿を真似ていると聞いていたため親狐はやはり本物と慌てた。なんだか人間にしては小さく、顔を布で隠しているのも気にかかったが、神の使いであるからそういうものかもしれなかった。
「そちが狐かえ」
「ははぁ」
 狐は頭を下げた。使いはうむと厳かな声で言った。
「狐の玉を盗まれたと聞いたぞ。いかんことだ。あれは秘法ぞ」
「は、はぁ。しかし、あれはただの毛玉でございまして」
 しどろもどろに答えると、ぴしゃりと使いはその言葉を断った。
「だまらっしゃい。あれはかつて稲荷大明神さまが化けるのが苦手な狐に作り方を教え、困らぬようにと気をかけて下すったものぞ。ただの毛玉とはなんだ」
「それは知りませなんだ。なにせ、化けの学びは父の代で潰えた物でして」
「言い訳はいらん。して……盗られたのは本当か」
「め、滅相もない。ちゃんと家にございます」
「家にある証はあるのか、証は」
 証。そう言われても困る。狐の玉が免許制ならば免許証でも出すところだが、そんなものはない。親狐は困り、ならば現物を持ってきますと伝えた。
「手元にあると分かれば、大丈夫ですよね」
「うむ。見ればあると納得しようぞ」

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