小説

『おそろしい人』斉藤高谷(『五重塔』(東京))

 先輩たちの中には就職活動を始める人がちらほら出てきた。試験や面接のために撮影を欠席、という連絡も多くなった。
 その日は清田さんのシーンの撮影が組まれていた。けれど、テレビ局を受けた彼女は本人の予想にも反して最終面接まで進み、その日程が撮影日と重なってしまった。
 面接が終わってからなら、という彼女を待っていては、日が暮れてしまう。そもそもこの数日は最終面接のことで頭がいっぱいのはずだった。大学近くの喫茶店を貸し切っての撮影だったので店の都合もあり、日を改めるとなると翌日というわけにはいかなかった。
 このシーンは清田さんが来られる日に別の場所で撮ろう、と源さんは提案した。けれど十村さんが応じなかった。
「このシーンをここで撮れないのなら、別の人を主役にして一から撮り直します」十村さんはいつもの低いボソボソ声で言った。
「そんなことしたらコンクールの締め切りに間に合わなくなる」
「だったら彼女をすぐに連れてきてください」
「だから大事な面接なんだ」
「映画は大事に思われていないようですが」
 源さんはぐっと息を呑んだ。息だけでなく、他にも色々なものを呑んだのかもしれない。
「彼女は、俺たちのために最大限協力してくれている」
「今日この時間ここに居ないと意味がありません。連れてきてもらえませんか。恋人なのですよね?」
 動物の毛が逆立つような不穏な気配が、その場を支配した。それでも十村さんは続けた。
「愛を確かめてくださいよ。本当にあなたへの愛があれば来てくれるはずですよね」
 腕っ節の強い撮影担当の先輩が、一歩踏み出した。けれどそれより先に、「いい加減にしろ!」という源さんの声が飛んだ。たぶん、その場に居た全員が初めて聞く源さんの怒鳴り声だった。
「お前の都合だけで考えるな。皆それぞれやらなきゃならないことだってあるんだ。お前みたいに映画のことだけを考えて生きてるわけじゃないんだぞ」
 十村さんは口を小さく開けたまま、源さんの言葉を浴びていた。恐怖ではなく驚き。けどそれは、わたしたちのものとは種類が違っていた。
「お前みたいなやり方だけが映画に対する愛情表現じゃない。皆、自分なりのやり方で映画を愛しているんだ。それを否定する権利はお前にない。お前の物差で測るな。何でも勝手に決められると思うな」

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