小説

『おそろしい人』斉藤高谷(『五重塔』(東京))

 舞台袖に下がった後で、わたしたちはようやく喜びを自分たちのものにした。
「皆ありがとう」源さんが、目に涙を浮かべながら言った。「大学生活の最後に最高の思い出ができた」
 源さんは大企業への就職が内定していた。その他の先輩方も、それぞれの進路が決まっていた。共通していたのは、皆、映画作りとは無関係の道ということだった。ただ一人、十村さんを除いて。
 輪になって喜び讃え合うメンバーたちから目を転じると、やはりというべきか、監督である十村さんは輪の外に居た。
「十村も一言」と、源さんが水を向けた。本当に善意から、十村さんを皆の輪に入れようとしたに違いなかった。
 しかし十村さんは、胸の前で小さく片手を挙げた。遠慮――いや、拒絶のポーズ。
「あ、そういうの大丈夫です」
 彼はそう言うと、踵を返して歩き出した。
 丸まった背中が舞台裏の暗がりに消え、見えなくなった。まるで闇に呑み込まれたみたいだった。

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