小説

『おそろしい人』斉藤高谷(『五重塔』(東京))

 アキ君とは源さんの下の名前だ。ちなみに清田さんは源さんの恋人でもあった。
 一度、源さんが十村さんを休憩中に窘めるのを耳にしたことがある。
「なあ十村。気負うのはわかるけど、もう少し気楽にやらないか」
「気楽に、とは?」十村さんは休憩中も、ノートパソコンをパチパチ打ち続けていた。
「真剣に臨むのも大事だが、皆の空気が悪くなったら元も子もない。映画作りはチームプレーだろ」
「僕は今までもこのやり方で撮ってきました」
 十村さんの撮影に携わった友人から、その過酷さについては聞いたことがあった。十村さんは一切の妥協を許さず、たとえ誰かが倒れようとも、自分の思い描いた通りの画を撮るまでは撮影を止めなかったという。
 けれど、そうして出来上がった映画には観た者を黙らせる力があった。あまりの完成度に圧倒され、感想を述べようとしても言葉を奪われてしまうのが常だった。
 それは学生が撮ったアマチュア映画の枠を優に越えていた。高価な機材とか、CGを使っていたわけではない。むしろ、自分たちと同じ機材を使っていたからこそ、その凄さが現実味を持って迫ってきた。
 そういう映画を撮るから、誰も十村さんには何も言えずに、ここまで来たのだった。
「僕は映画を愛しています。手を抜くことは映画に対する冒涜です」
「俺だって映画作りに対する気持ちはお前と変わらない」
「本当に?」十村さんはパソコンを打つ手を止めずに言った。「あなたは単に、映画を撮っている自分が好きなだけではないのですか?」
 源さんの返事は聞こえなかった。パチパチパチパチパチ、という軽いタイピングの音だけがいつまでも響いていた。

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