小説

『虫と男と、』宮沢早紀(『蜘蛛の恩返し』(青森県))

 急いでプロフィールを確認すると、アリワラスズナさんという人で年は二つ下、都内在住、美大を出て鞄のデザイナーをしているという。
 文末の「◎」が少々気にはなったが、勤め先のデザイナーたちにもそれぞれに変わったところはあるし、彼女にもそういうところがあるのだろうと思うことにした。
 緊張していた僕は打ちかけた文章を消し、やっぱりもう一度入力し、というのを何べんもくりかえし、数分かけてメッセージを送信した。
「鈴菜さん、はじめまして! メッセージありがとうございます。東都美知展、行きましたよ! メインの絵画もおもしろかったですけど、僕的には彫刻が一番おもしろかったです」
「私も彫刻がイイと思って、いっそ彫刻だけの展示会をやってほしいくらい◎」
 会話は弾んだ。アートについて語り合ううちに、僕らは着眼点や好みが近いことが分かった。僕が密かに注目していた画家を彼女も知っていたことには驚き、まだそういう段階でないと思いつつも、交際への期待が高まった。
 彼女は僕を「たーさん」と呼んだ。プロフィール写真が「たーさんって感じ」だったらしい。浦ちゃんよりはいいかも、と思った。
「たーさんは、土日休みですか?」
「基本、土日ですよ!」
「そしたら今度、土日で美術館へ行きましょう◎」
 やっぱり「◎」が気になる。打ち解けてきたところで聞いてみることにする。
「うん、ぜひ一緒しましょう。あの、一つ質問なんだけど、文末の◎って何か意味がある感じ?」
「かわいいなって思ってつけてるだけ◎ あ、私のことはすーちゃんで◎」
「なるほどね。すーちゃん、おっけーです」
 こうして僕とすーちゃんは一週間後の土曜日に美術館デートをすることになった。

 初デートは日が近づくにつれて家にいても落ち着いて過ごせないほど緊張していたが、当日はすーちゃんがあまりにも自然に、何度も会っているかのように接してくれたので僕の緊張はみるみる解けていった。
 あらかじめアプリに登録されている写真で風貌を確認していたこともあって驚きはなかったが、すーちゃんはとにかく派手だった。エメラルドグリーンにシェブロンストライプ柄のワンピースを着て、ウェーブがかったオレンジの長い髪にはきらきらした石や羽の飾りがいくつもついていた。派手ではあるが、アクセサリーと服が調和していて、すーちゃんが考えて組み合わせたのがしっかりと伝わってくる格好だった。

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