芝生にまた一羽、カラスが降り立った。二羽はクアクーアと鳴きはじめた。と、羽を広げて飛び立ち、ロータリーの奥に見える雑居ビルの前に降り立った。鳴き声がさらに騒がしくなる。ホラー映画の始まりみたいな、妙な朝だ。しかも、と仁美を盗み見た。隣には黒ずくめの女。スマホを取りだし、高校の友達に聞いてみる。野中仁美ってさ、今何してるか知ってる? しばらく画面に目を落としていたが、土曜日の早朝に、既読になるはずがない。
「ね、あれって不気味?」
仁美が石像を指さした。
「若干」
相当不気味だったが、悠次郎は遠慮して答えておいた。おはようと声をかけ、しかも撫でていたということは、愛着があるのかもしれない。それぐらいの気遣いはあるんだよ。無関心すぎるわ。チクリとささった言葉に歯向かってみる。
「なんかね、私と似てる感じがして、なんとなーく挨拶してたら、癖になっちゃって。私ね、毎日さ、朝日が昇るまで散歩してるんだ」
こんな暗闇で? 既読がつかない画面をロックし、仁美の横顔をもう一度確かめようとした。と、仁美は空の様子をうかがいながら、手にしたサングラスをかけた。着ぐるみみたいな人形と話してるみたいだ。だからなのかも。悠次郎は話していても煩わしさを感じていなかった。
「朝日をちょっとだけ見たら、すぐ帰る。それまで相手してくれない? 今日は人と話したい気分なんだ」
少しハスキーで、耳に心地いい声だ。悠次郎はロータリーに顔を向けたまま、ああとうなずいた。
「ね、こんな時間にいるってことは、朝帰り?」
無関心すぎるわ。そうだ、ふられたんだった。忘れていたことに気づくと、いつもの自分を取り戻したようでほっとした。
「彼女にふられて、公園でやけ酒してた」
仁美はサングラスを外すと、悠次郎の顔をのぞき込んできた。ようやく目が合った。この目、見覚えがある。まつげが長くって黒目の大きい、いかにも美少女って感じだ。確か二年に上がる前に転校したんじゃなかったっけ。
「ふられることあるんだ?」