小説

『ウラもおもてもナイ』ウダ・タマキ(『別後 野口雨情』)

 彼は先週にすったもんだあった企業の面接を受けてくれるそうだ。
「無事に採用が決まればいいですね」と、にやけそうになるのを必死に堪え、中指で眼鏡を押し上げた。
 社内でも眼鏡は好評だった。「知的に見える」「発言に説得力が増した」などと皆が口々に言う。
「俊太ありがとう!」 
 私はオフィスを出ると、すっかり暗くなった空に向かって感謝を伝えた。
「そういえば、あいつどうしてんだろ」
 これまでに別れた男のその後を気にしたことはない。翌日には気持ちを切り替え次の恋愛に走ったが、俊太の場合はどうも違った。
 あぁ、どうして私は立花町の駅に途中下車して俊太が店を構える商店街へ向かっているのか。「二度とツラ見せるな」なんて品のない言葉を浴びせたくせに、そのツラを見に行こうとしているのは私だった。
 幸いにも週末の立花商店街は人通りが多く、私はうまく人混みに紛れて俊太の姿を探した。
「発見!」
 商店街に面した公園。その門柱の傍ら、小さな椅子に座るのは俊太で間違いない。その前には白い布で覆われた、ビールの空きケースを積み重ねたようなそれっぽい即席の台が置かれている。
「ん?」
 一瞬のスキを狙って目を凝らした手書きの看板に『毛根占い』とあった気がした。いや、そんな占いは聞いたことがない。久しぶりにかけた眼鏡のせいだろうか。
 私は引き返し、うまく人の流れに乗った。今度は予め場所を把握しているので、しっかりと狙いを定めて視界に捉えた。
『毛根占い』
 やはり間違いなかった。間の抜けた名前に思わず吹き出しそうになったが、決して安くなかった学費で得たのがこの占いかと思うと虚しくなった。まぁ、好きにしたらいい。ハゲを敵に回すうたい文句が数多の客を逃すことに気付いていない愚か者め。

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