小説

『長靴にはいった猫』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

 正直、最初の頃はその姿に苦笑い。だってあのブーツが履けないのだから。嫌な気分にはならなかった。靴の選択する機会が増えたと思い直せた。
 だからといって新しい何かが始まった事はない。相変わらずツイてないって実感する日々。でもちょっとだけ、他からの視線に惑わされている自分を外から見えた気がした。
 あのブーツを履いてないからなのか、今までの自分でないようで、今の自分がその頃を見つめられたようで。
 それはホントに自分だったの? ふっと思う。
 始まりではなくて気付き始める。前に出て演じようなんて思わず、すっと今感じた事に素直になろうって。
 何でそう思える様になったんだろう。不思議でしょうがない。でも何か変わり始めたのは本当だった。
 履かなかったけど、あの子が何度も出入りするからくったとしたブーツを見て、ついつい手入れ用のクリームまで買ってきてブーツを綺麗にしたりして。もう履かないのに。
 履かない事で視点が低くなった、実際に。ホント、今まで何とかして人より高い視点でいたいって心のどっかで思っていた。身の程知らず。だから一所懸命、背伸びしている私は滑稽だったんだ。
 ただただ意地が悪くて。背伸びしながら他人の悪いとこばっかり探しまわって。ホント滑稽。
 それを思うと、この子がブーツに入っている姿は滑稽だなんて思えない。きっと何か想いがあって入っているんだと。素直に自分の気持ちを表現しているんだと。
 でも実際に見ていると微笑んでしまう姿だけどね。
 本当の自分の背の高さに戻って、見る世界が落ち着いて、もう何となく人前で演じるって感覚が薄れた頃。
 以前から気になっていた彼から声を掛けられた。最近は手応えがないってこっちから迫るって事がなくなっていたんだけど。
 急に横に並んで来て一言。
「こんなに小さかったんだ」
 唐突に言われて恥ずかしくなった。可愛らしく反応すれば良かったのに、思わず何よって感じでちょっと本気で怒って言い返していた。
 でも素の自分だった。そして嬉しく思う自分もいた。
 それが切っ掛けで彼とは屈託なく話せる様になったし、何となしに彼の方から付き合って欲しいって言われたし。
 自然の流れでそれに身を任して、素直に嫌な時は嫌って言えて、好きな時は心の底から言葉出る様になっていった。
 やっぱりあの子のお陰なんだろうか?
 彼にその姿を見せたいと家に呼んだ時は、あの子は一切ブーツに入ってくれなかったけど。
 偶に履かなくなったブーツを見つめて思う。この靴底の厚さ以上に私は背伸びをしようと無理をしていたんだと。必死に伸ばしていた爪先を、ふっと地面に着けて力を抜いたら違う世界が見えていた。
 今でもこの子はブーツに入っている。ちょっと大きくなり過ぎて少し苦しそうにして笑っちゃうけど。
 微笑ましくあり、愛らしくもありで。私は履かなくなったブーツを大切に玄関に置いて上げているのだ。

 

 ――吾輩は長靴に入った猫である。
 最近、幸せ太りでちょっと入るのが難儀になってはいるが。
 それでも今日も吾輩は長靴に入っている。
 それは何故か?
 それは主人が幸せだからなのである。

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