小説

『長靴にはいった猫』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)

 慌てた様子で玄関に来た主人。吾輩の姿を見て最初えっと驚いて少し困った顔をする。あ、駄目だったかと思ったら主人は吾輩の頭を撫でて別の靴を履いて行ってしまった。
 怒られはしなかったが失敗だと思った。結局主人は出掛けてしまったのだから。にゃんと間抜けだ。長靴から頭だけ出して見送る姿。
 そしてその夜。これからどうしたもんかと反省と対策で考えあぐんでいると主人が帰って来た、疲れた様子で。流石にその時は怒られるのではと覚悟した。少し機嫌が悪そうに見えたからだ。
 くっと身を構えた吾輩。すると主人、ぎゅっと吾輩を抱きしめてくれたのだった。今までにない強さで、優しさで抱きしめてくれる。
 この時、吾輩は確信した。
 きっと主人は分かってくれたのだ。止める事は出来ずとも気持ちは伝わったのだと。
 それから吾輩は長靴に入って主人を見送る事になった。
 もう出掛ける事は止められない。でも吾輩は待っているよと。そう気持ちを伝える行事として続ける事にした。
 最初の頃はやれやれとした苦笑いで頭を撫でる主人だったが、それを行う様になって何処か日々元気になってくれる感じであった。
 家に居て吾輩を構ってくれる時間も多くなり、出掛ければお土産を持って帰って来るのも増えた。
 そして吾輩が入っている長靴を丁寧に手入れも為てくれる様になった。
 そう認めてくれたのだ、この長靴に入る事を。だから主人はこの長靴を履く事はなくなった。
 出掛ける事自体はなくならない。でも不思議と元気になり、前よりもずっと優しくなり、何より幸せそうになったのだ。
 最近は見知らぬ男性も連れて帰ってくる様になった。
 最初は何だこにゃつとは思ったが、どうも動物好きらしく人当たりもとても良い。それに主人もこの男と一緒にいるととても幸せそうだ。
 まあ認めてやろう。何より主人の笑顔には代え難い。だが勘違いするにゃよ。主人を幸せにしたのは君ではない。
 吾輩が長靴が入っているからだ。
 もう多くを語らなくても分かるだろう。吾輩が何故に長靴に入っているのかを――。

 

 ――私の家には長靴に入った猫がいる。
 子猫の時、友人から譲り受けた子だ。
 最初ペットなんて飼う事なんて考えてなかった。でも実際にあの子を見て、何となく自分の中にあった空洞みたいなものが疼き。
 飼う事を決めてしまった。
 リスクがあるなんて承知だけど、なんとかなると思った。寂しいと心の中で認めたくなかった。でも今思えば、その時の私はきっと寂しかったんだと。
 その頃の私は何か必死に毎日を過ごしていた。必死と言うより怯えていたというか。
 着もしないのに服を沢山持って、物だって大量に。月々の支払いが苦しくなるほど買い込んで。あの子もその流れの一つだったかも知れない。
 沢山持つと満たされたというか、不安が少しでも軽くなった感じがしたというか。
 その中で気に入ったのは二つだけ。

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