小説

『桜の精と殺人事件』日下雪(『桜の森の満開の下』(三重県鈴鹿峠))

 けれども、それは一瞬のことでした。完全に目を開けた時、彼女は元の美しい顔に戻っていました。マリオネットの姿勢のまま、咲良は嫣然と微笑みました。
「あたし、あなたとお友達になりたかったわ。」
 私はただもう悪い夢を見ているようで、そっと手を伸ばして、咲良の日の光に透明に輝く白い頬に触れました。するとどうでしょう、咲良の身体は、私が触れた所からはりはりと砕けて、桜の花びらに変わっていきました。気付いた時、うららかな春の校庭には、醜い私と一塊の桜だけが残されていました。

 
 それから三十分ほどもぼんやりと立ち尽くしていた私はふと思いついて、鞄の中からライカを取り出し、地面に向けてシャッターを切りました。何の変哲も無い一葉の写真を、私は今でも捨てられないままでいます。これが私の殺人事件の証拠だなんて、言ったところで誰も本気にはなさらないでしょうが。
 桜の季節になると、いつでも彼女のことを思い出します。そうして、一抹の感傷に身を任せるのでした。

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