小説

『それはズルい』真銅ひろし(『蜘蛛の糸』)

「それにさ、人づてじゃなくて清華の口から直で聞きたいじゃん。」
「まぁ、それはな。」
「でもさぁ、やっぱ年上の金持ってるイケメンがかっさらって行くんだろうな。」
「そんなあからさまな奴について行くか?」
「結局は金だろう。清華だって例外じゃねぇだろ。」
「・・・。」
 チラッと清華たちを見る。にこやかに楽しそうに話しをしている。

 高校一年の春。緊張した入学式。その中でひと際目を引いたのが清華麗子だった。芸能人かと思ったがそういう訳ではなく、どこぞの大金持ちの娘かと思ったが、それも違った。ごく普通の一般人として自分と同じ高校に入学してきた、らしい。
 そしてすぐにその綺麗さは話題になったし、上級生が狙わないわけはなかった。
「すみません。」
 しかし次々と告白してくる男に清華は深々と頭を下げて断った。
 だれそれの告白を断ったらしい。
 そんな話が流れてくる度にクラスの男は一様に安堵した。もちろん声をだして安堵する訳ではない。空気だ。そういう空気が流れるのだ。
 鼻につく言動もないし、透明感のある綺麗さ。本当にこんな女性がいるのかと、入学して3ヶ月たった今も不思議でしょうがない。

 ここで一つの事件が起こった。
 本当に何気ない会話だったのだと思う。いつものように清華を囲んで昼飯を食べていた女子の一人が「好きなタイプ」の話題を出した。
「・・・。」
 クラス内の男子の聞き耳が一斉に立ったのが分かった。「清華のタイプは?」これが一番の焦点だ。
「えっと・・・。」
 清華が恥ずかしそうに、しかしそれでも確実に誠実に答えようとしている。
「言え。」「何だ?」「学力か?」「体力か?」「運動神経か?」「俺か?」
 男子の思考がクラス内を埋め尽くす。ギラつき、張り詰めたような呼吸が聞こえるようだった。
「えっと・・・。」
 ゆっくりと口を開く。
「あの・・・足が速い人。」
 アシガハヤイヒト。間違いなく清華はそう言った。その言葉は男子全員の脳内に深く刻み込まれたように思えた。
 速く走れる事がアピールできる競技。うちの学校ではマラソン大会がある。5ヶ月後の11月に。この大会で一位なる。絶対的な速さの証明になるかは分からないが、少なくとも速くなければ一位にはなれないはずだ。

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