小説

『書に満てよ』村崎みどり(『文字禍』)

 鄙びた町の図書館司書になって数年が経つ。
 都心から山がちな地方に……飛ばされてきた、と言うのは八つ当たりだろう。

 はじめこそ、二十時過ぎにぽつぽつと灯る道端の電灯も頼りなく感じていた。夏は当たり前に暑く、冬は冬で己の身長よりも高く積もる雪に驚くばかりだった。
 歩道には、いつも何かの死骸が落ちている。それは鳥であったり、虫であったり、縞模様の整った柄の蛇もいた。

 一年も過ぎ、ようやく徒歩でとぼとぼと辿る仕事場の行き来に慣れたころ、四季折々の景色を愉しむ余裕もできはじめていた。
 そのうちに自転車を買い、車も人にぶつかることも心配しなくて済む環境を喜びつつ、思い切り風を切りながらこいだ。童心にかえったように。
 緑の香染む風を肺の奥底まで吸い込むのは、何とも清々しい。都心では人混みを追い抜くことも、肩が触れることすら気を払っていたのだから。

 山のてのひらが町を包み込んでいる。
 わたしは海育ちなので、閉塞感を覚えていたはずだった。それも繰り返し繰り返し日々を過ごすことで薄れて行くものだ。季節ごとに裾模様を取り替えるさまは、洒落気を失わぬ淑女のようだとすら思えてくる。

 
「司書先生」
 と、わたしは呼ばれていた。

 先生と呼ばれる柄でもないし、生徒に教えているというわけでもない。なぜ先生と畏まった敬称が与えられたものか、当初は困惑したものだ。

 山をいくつも所有し、広大な屋敷の――まさに屋敷としか言いようのない――地主は、「先生」と呼ばれ、敬われ、何か揉めごとでも起これば相談に行く寄り合い所とも拠り所ともなる存在であるようだ。
 わたしの場合は本を扱う職業柄、一見、知識のある人物に見えるので「先生」と呼んでくれているのだろう。眼鏡をかけ、図書館では常に背広姿の堅苦しさから、そう見えるのかもしれない。どちらかといえば、土地の慣習のようには思えたのだが、一般的に地方がどうだと言えるほどの知識はわたしにはなかった。

 
 この土地の地主である柿白《かきしろ》「先生」には、まだ若い娘が一人いて、名を文香《ふみか》と言った。  
 この娘は日がな書物に寄り添う生活で、色は白く、線も細くて、滅多に口を利かず、目を合わせてもはにかむだけのことが少なくない。わたしが彼女と知り合ったのは、柿白家から本の寄贈を受けたからだ。

 初夏のある日のことだ。
 文香お嬢さんの通う学校は夏休みに入ったばかりで、父親から使いを頼まれたのだという。真結びにした縮緬の風呂敷に古い書物が何冊か包まれていて、これらを寄贈してくれるといった話だった。
 わたしはありがたく受け取り、寄贈の印を捺《お》して、棚の目立つところへと挿しこんだ。

 このとき、いかにも良家のお嬢さん然とした柔和な微笑みに片えくぼを刻んで、彼女はこう言った。
「司書先生、ありがとうございます。この子たちも、もっと広い世界を見たいと思うんです」と。

 わたしが本を扱う職だからか。

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