小説

『書に満てよ』村崎みどり(『文字禍』)

 口伝えによれば、火へ飛び込んだとも、病を得て亡くなったとも聞いております。
 宮廷の者から聞き及んだ話によりますと、かの王も、毎日毎夜、ありとあらゆる書を取り寄せていたそうです。
 そして、さらに文字をつらねて歴史書を作り上げました。

 陛下は我が国のことばではない、他国のことばをいつしか読み解けるようになりました。
 それは何ゆえでしょう。
 線と四角と波線と、丸と丸、それらを組み合わせたものを繋ぎ合わせ、その意味を知っているのはなぜでしょうか」

 老いた学者は、王妃の芙蓉の笑みと共に隠居を申し渡された。
 その後、長大な歴史書が幾人もの学者によって書かれ、老人は、積み上げられた本の下敷きになって死んだという』

 文香さんが手渡してくれ、いま、わたしの前にある書の結びには、こう書かれていた。

『生めよ 増やせよ 書に満てよ』

 この町ではきっと、わたしだけがこの書物に書かれていることを知らなかったのだろう。
 わたしの中には、未だ増えていなかった。それでこの書物が手許にあるのだ。
 わたしはこのことを文字に書き起こさねばならない。 

 柿白家の書物を読んだあとには、添えられていた絵に書かれてある赤い文字の意味がわかる。……読み解けるのだ。
「いぬ、ねこ、とり」と書かれている。手習いのように。
 やはり、絵は子どものつたない落書きに見えるのだが。もしかしたら、文香さんが描いたのかもしれない。

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