小説

『踏んだペンギンは誰』白石睦月(『パンをふんだ娘』)

 二十一歳の誕生日。フレンチレストランでディナーを愉しんだ後、会員制のバーに移動した。ボーイフレンドの一人の行きつけだという。仄明るい橙色の照明、微かに流れるジャズ、寡黙なバーテンダー、ゆったり座れる本革の黒いソファ、あえて華美を抑えたような生花。二十代半ばの会社員にしては背伸びしすぎの感があるけど、私のためだと思うと気分はいい。女子大は夏休みで、私は今年何度目かの誕生日プレゼントを受け取った。
「わあ、素敵なピアス。頂いていいんですか、こんな高価な物」
「もちろん。美咲みたいな子につけてもらってこそ、真の価値が芽生えるんだ」
「ありがとうございます。憧れのブランドだから緊張しちゃう……」
「ティファニー初めてなの?」
「初めてですよぉ。この独特のブルーの箱にさえ憧れてました」
 嘘だ。初めての相手はパパで、大学の入学祝いにネックレスを贈ってくれた。きっと五万もしない、こんなシルバーピアスとは桁が違う。でもその時も今も、なぜかこのスカイブルーに苛立った。
 裕福な両親は養親で、施設にいた十歳の私を引き取った。子供のいない父母は私を溺愛した。芯から貧乏がしみついていた生活は一変した。自分だけの部屋はお姫様のようで、クローゼットの中は可愛い服で溢れ、週末はしゃれた店で外食し、ママが美容院に行く日は同行して私も綺麗にしてもらい、長期休暇は国内外問わず旅行に出かけた。
 なぜ両親が私を選んだか。とびきり美しかったからだ。施設内で群を抜いていた。目が留まるのも当然で、できれば容姿端麗な子を求めるのも当然だった。広い世界に出た後も私の美しさは加速を続けた。
 この色が嫌いな理由は解らない。さすがにパパから貰った物は取ってあるけど、これはソッコーで売り飛ばそ。そのお金で友だちと遊ぼ。この男ともそろそろ潮時だな、と考えながら白ワインを飲みほした。そしてザルのくせに「飲みすぎちゃった」と眉間に皺を寄せ、「美咲、大丈夫?」と芝居がかった心配をする男を無視し、一人タクシーに乗って帰宅した。ホテルに連れ込めるとでも思った?

「ただいまあ」
 白金台の自宅に戻ると、十一時を回っているのに両親が起きていた。二十畳はあるリビングのカウチに腰かけ、ホームシアターで映画を観ていた。ああ、明日は休みか。合点がいって、パパの隣に座って腕を絡ませた。
「幸子、デートだったのかい」
「そんなんじゃないよ。パパが最近さっぱりサチの相手をしてくれないから、学校のお友だちと、ちょっとお食事してお酒を飲んだだけ」
「じゃ、週末はパパとデートするか。鱧のいい時季だ。いつもの店に食べにいこう」
「ほんと? 嬉しい!」
「幸子、明日はおかあさまへ、お届け物をしにいくんでしょ」
 パパの腕をギュッと抱きしめたら、ママが思い出したくないことを指摘してきた。
「そうか。そちらを優先しないといけないな。おかあさんに宜しくお伝えしておくれ。大丈夫。鱧は逃げないよ」
 ビミョーな私の表情をパパは笑って勘違いし、お風呂に入っておいでと促した。ママはおもたせの千疋屋のフルーツコンポートと、プレミアムアイスが入っている冷蔵庫を目で示した。「いい子」の私は頷いてバスルームに向かった。

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