小説

『涙のありか』小山ラム子(『ナイチンゲール』)

『わー! 百花ちゃんー!』
 画面の向こうで柚希ちゃんが笑顔で手を振る。
『ありがとう! 手間取っちゃってごめんね』
「いやいや、こっちこそよく分かってなくって」
 お互い初めての試みだったために時間がかかってしまったが、無事通話ができる環境が整った。来週から始まるテレワークもきっと最初は戸惑いの連続だろう。こんなに和やかだったらいいのだが。
『急にごめんね。ありがとう』
「ううん。出かける予定もなかったし」
『遠出できないもんね』
「ねー。しかし柚希ちゃんあんま変わらないね」
『いやー太っちゃって』
「え、見えない」
『下半身がちょっとね』
「あ、わたしも! 座りっぱなしの仕事で運動不足だし」
『ああ、そうなんだ。事務仕事?』
「そうそう。でも来週からテレワークに移行されていくから結構自由になってくるかも」
『え、すごい! そういうのちゃんとやってくれる会社なんだね』
 うっ、と百花は返事につまる。「うん。いい会社だよ」と言える心の広さが自分にはなかった。曖昧に微笑んでから「柚希ちゃんはどんな感じ?」と話を振る。
『わたし今育休中で』
「え! あ、そうなんだ」
『うん。今年で一歳で。今は旦那さんが見てくれてる』
「そっか。おめでとう!」
『ありがとね。だからもし急に呼び出されたらごめん』
「いいよいいよ!」
 改めて柚希ちゃんを見る。髪形が変わったかなー程度だった外見が急に大人っぽく見えてきた。
それからお互いの近況報告をしてから、ふと沸き起こった疑問を口にだしてみる。
「うれしいけどさ、ちょっと不思議」
『え?』
「なんでわたしと電話しようと思ったの?」
 子どもが生まれたどころか結婚していたのも今知ったほど、柚希ちゃんと自分の距離はそう近くはない。それに子育て中の空いた時間なんてきっと貴重なものだろう。
『ほら、ラインでも送ったでしょ。最近人と話してなくてさみしくて』
「あ、うん。でもそれがわたしなのがなんでだろうなって思って」
『百花ちゃんさ、高校のときにわたしに声かけてくれたでしょ』
 何を指しているかはすぐに分かった。だけどあれが理由になる意味はよく分からなかった。
「合唱の練習でもめたとき?」
『そうそう。わたしが自分勝手にやっちゃってさ』
「いや、でもあれは柚希ちゃんにも理由があったんだし」
『そうやって思ってくれたの百花ちゃんだけだったじゃん』

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