小説

『涙のありか』小山ラム子(『ナイチンゲール』)

 会社周辺は駅が近くて立地もよく、だからこそ近くのアパートは家賃が高くて選べなかったのだが、百花はむしろ今住んでいるこの場所が気に入っている。近くに市立図書館があるのだ。
 木のぬくもりが感じられる屋内に手入れの行き届いた観葉植物達。子ども用スペースと読書室が離されている配慮。その配慮があるうえに「集中したい人用」なんていう更なる読書室がある心づかい。
 残念ながらその読書室は今つかえないが、本の貸し出しは行っている。一時期は閉鎖されたのだが、再開されると職員さんチョイスのおすすめコーナーが新設されていた。
 もうすぐ新田さんチョイスが読み終わるので次は木嶋さんにしようかと思っている。新田さんはとてもにこやかに対応してくれる五十代くらいの女性だが、選んだ本は暗くて陰鬱で度肝をぬかれた。
木嶋さんは割とクールな感じの三十代ほどの男性だ。見た目通りのチョイスだろうか。それともギャップを見せてくれるのだろうか。
考えを巡らせながらこれまた絶品のエビチリをもぐもぐしていると、机の上が軽く振動した。スマートフォンの画面を見るとラインにメッセージが届いている。
「あれ?」
 思わず声をあげてしまったほど相手は意外な人物であった。人違いじゃないかなあとさえ思いながらトーク画面を開く。
 前の会話は六年前。百花がスマートフォンを持ち始めた頃である。
『百花ちゃん久しぶり! スマフォにしたんだ』
『久しぶりー! やっと変えました(笑)』
 その後少しの近況報告が続いて終わりである。今回のメッセージも『百花ちゃん久しぶり!』からなので人間違いではなさそうだ。
 高校時代の同級生。藤本柚希ちゃんだ。
『久しぶりー! どうしたの?』とメッセージを送りながら「何か変な勧誘じゃないよね」と不安がよぎる。卒業して八年ほどがたった今、相手がどうなっているかは分からない。
『最近人と話してなくてさみしいなあって思ってたら急に百花ちゃんを思い出して。時間あるときにビデオ通話とかできたらうれしいな』
 さきほどよぎった不安も「ま、いっか」とワインと一緒に流しながら返事を送る。
『明日か明後日とかでも大丈夫だよ』
『やった! じゃあ明日の午後二時からどうかな』
 とてもいい時間帯である。どうせ午前中はほとんど活動していないだろう。
 それにこれからオンラインでのミーティングも増えてくるかもしれない。今までビデオ通話をほとんどつかってこなかった百花にとってはいいきっかけになる。
了承の返事をしてから楽しみに思っている自分に気がついた。
 柚希ちゃんと初めてちゃんとしゃべったのは高校二年生の秋の頃だ。その頃の記憶を思い出しながら、百花は柚希ちゃんを疑った自分を振り返り悲しくなった。
 グラスをあおって一気にワインを飲み干す。気がついたらお腹はいっぱいだ。杏仁豆腐は明日にまわそう。

「あ! でた! おーい!」

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