小説

『雨に消えた子』山崎ゆのひ(『あめふり(童謡)』)

「名前、何ていうの?」
「翔太だよ」
「そう、僕はマモル。4年1組なんだ。君は?」
「僕は3組だよ。転校生だから、まだ友達がいないんだ」
 思ったとおり、翔太は控えめで大人しい子だった。僕たちはゲームをしたりアニメを見たりして遊んだが、翔太は決して自己主張するようなことはなかった。母がおやつのシュークリームを持ってくると「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言い、行儀よく食べた。僕と翔太は何年も一緒に遊んでいる友達みたいに、よく笑い、よくしゃべった。
 翔太が帰るとき、母は僕のお古の小さな傘を翔太に貸してやった。玄関を出た時、翔太は僕に囁いた。
「僕もマモルみたいに優しいお母さんがほしいよ」
 翔太にお母さんがいるのか、いても優しくしてもらえないのか、詳しいことは分からなかったし、その時の僕は知ろうともしなかった。翔太の気持ちまで気が回らなかったのだ。
「でも、時々ウザいよ」
「ふーん、いらなかったら、僕にちょうだい」
「うん、いいよ」
 僕は笑って、翔太の冗談に冗談で答えた。でも、翔太は笑っていなかった。

 自宅に友達を呼んで遊んだのが初めてだったこともあり、その晩は昼間の楽しさが頭に残り、僕は興奮してなかなか寝付けなかった。そして、翌朝には情けないことに微熱が出て学校を休まなくてはならず、またしても母を心配させることになったのだった。
 翌々日、ようやく登校できるまでに回復した僕は、休み時間に廊下を渡って4年3組に行った。翔太に会えるかと思ったのだが、翔太の姿を見ることはできなかった。運動場にでも行ったのだろうか。しかし、運動場にも図書室にも、はては校内に四つある男子トイレにも行ってみたが、どこにも翔太はいなかった。
 僕は3組の教室でだべっていた男子の一人を捕まえて聞いてみた。
「ねえ、翔太って今日は休みなの?」
「しょうた? 僕、まだクラス全員の名前覚えてないんだけど」
 知らない子に話しかけるのは、僕にとっては一世一代の大仕事だったのだが、何も耳寄りの情報は得られなかった。次の日も次の日も4年3組に行ったのだが、翔太に会うことはなかった。そのうちに、3組の子たちに胡散臭い奴だと見られているような気がして、僕は翔太を探すことをあきらめた。
 ところで、新しい小学校にはまことしやかに「学校の怪談」が広がった。それは、親に虐待され、学校にも居場所がなくなって死んだ男の子の幽霊の話だった。でも、僕には翔太と「学校の怪談」を結びつけることはできなかった。そのくらい翔太との一日は、現実味を帯びたものだったから。

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