小説

『雨に消えた子』山崎ゆのひ(『あめふり(童謡)』)

 そうこうするうちに連休になった。
 連休中に単身赴任の父が自宅に帰ってきた。そして家族で外出した先で、偶然同じクラスの悠馬に出会った。郊外のファミリー牧場だったが、学校以外の場所でクラスメートに出会い、解放感いっぱいの中で遊んだ僕らはすっかり打ち解けて、連休明けに登校するときには親しい友達になっていた。悠馬とはお互いの家を行き来するようになり、いつしか僕は翔太のことを忘れていった。
 梅雨に入った。季節の変わり目は喘息の発作が起きやすい。母の心配をよそに、僕はまたしても母が学校に来ないように画策した。用心深く天気予報を見て、学校に傘を持っていくのを忘れないようにしたのだ。でも、母を疎ましく思う気持ちは、以前よりは和らいでいた。悠馬の存在が僕に自信を持たせ、少しぐらいのからかいははねつけられるようになっていたのだ。

 午前中に梅雨の晴れ間が覗き、夏も近いかと思われたその日、午後から天気が崩れた。空を分厚く覆った雲は陽光を遮断し、足元から冷えが這い上がってきた。半袖半ズボンの夏の装いで登校した僕は、思わぬ寒さにたじろいだ。しばらく起こらなかった胸のゼロゼロが頭をもたげたような気がした。母は自宅の玄関に僕の傘があるのを目ざとく見つけ、傘を渡そうと校門の陰で待っているだろう。二階の教室から校門を見ると、背の高いポプラの陰に赤い傘がちらちらと揺らいだ。でも僕はその日に限って、どうしても母から傘を受け取りたくなかった。安西さんという女の子と日直当番をしていて、彼女に母と一緒の僕を見られたくなかったのだ。
 僕は悠馬を呼び止めた。
「校門の外で、お母さんが傘を持って待ってるんだけど、僕は日直で遅くなるから、すぐには帰れない。友達の傘に入れてもらうから、先に帰ってくれって、お母さんに言ってくれないか?」
 悠馬は快く僕の頼みを聞いてくれた。黒いランドセルが校門の向こうに消え、母と一緒に帰っていくのが教室の窓から見えた。僕は安心して学級日誌を書き、安西さんに別れを告げて教室を出た。
 下駄箱の前で運動靴に履き替え、雨の中を走りだそうとしたとき、鶏小屋の軒先でニワトリをからかっている級友たちを見つけた。金網の隙間から給食のパンの残りをねじ込み、ニワトリの鼻先にちらつかせ、餌がもらえると寄ってきたニワトリからさっとパンを引っ込める。僕ははっとした。その中に悠馬がいたのだ。

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