小説

『雨に消えた子』山崎ゆのひ(『あめふり(童謡)』)

 しかし、4年生になった頃、僕は急に母のお迎えを疎ましく思うようになった。少子化に伴う統廃合で、僕の通っていた小学校が隣町の小学校と合併したのだ。新しく通うことになった校舎では児童の数は倍になり、教室に子どもがあふれ返った。僕の静かな学校生活は終わり、級友をからかって笑いを取る文化が蔓延した。
 新学期が始まって間もない頃、昼過ぎから雨が降った。僕はいつもの癖で傘を持たずに登校した。授業が終わって校庭に出た時、校門で「マモルちゃん」と手を振る母に、うれしそうに駆け寄る僕を目撃した子がいた。その子はすぐに仲間にそのことを告げ、翌日から僕のあだ名は「マザコン君」になった。
 以来、僕はあだ名で呼ばれるのが嫌で、母に学校に来ないように告げた。僕のために母が来校すると、級友にどれだけからかわれるかわからない。そういう事態を極力避けたかったのだ。母は少し寂しそうに、「じゃあ、傘忘れないでね」と言った。それで僕は、朝は必ず天気予報を見て、少しでも天気が崩れそうなときは傘を持って登校するようになった。

 それなのに、今日に限って傘を忘れてきてしまった。僕は教室の窓から校門を眺めた。門の外で赤い傘が揺れる。4月の雨は、過ぎ去った冬を彷彿させるかのように冷たい。心配性の母は、僕が喘息の発作を起こさないように、レインコートまで持参していることだろう。
 僕はのろのろと運動靴に履き替えて校庭に出た。玄関から校門まではわずかな距離だが、出来る限り級友に見られまいと、わざと水溜りに足を突っ込んだりして、みんなが立ち去るのを待った。
 校門の手前まできたときだ。知らない男の子が柳の木の下でぼんやりと雨に濡れていた。僕はクラスでは小柄な方だが、その子は僕より背が低かった。
 ーー傘を持っていないんだ。
 その子は、自分と同じように傘を差さずに歩いている僕を見た。目が合ったとき、僕はこの子は自分を攻撃しないタイプの子だと直感した。顔に見覚えがなかったので、統廃合された別の小学校から来た子なのだなと思った。
「何年生なの?」
 僕の問いに、その子はかじかんだ指で「四」と答えた。
「同じだよ。僕も4年生だ。君、うちに来る?」
 その子は笑って頷いた。
 はたして、母は校門の外で待っていた。
「マモルちゃん」
 微笑んで手を振る母に、僕は一大決心をして言った。
「お母さん、傘を持っていない友達がいるんだよ。おうちに誘ってもいい?」
 母は柔らかく笑った。僕が友達を家に招くなんて、後にも先にもそれが始めてだったから。僕は母の手から自分の傘を受け取り、柳の下にいた子を手招きした。
「おいでよ、一緒に遊ぼう」
 その子は、嬉しそうについてきた。僕は新しい友達と相合傘で帰宅した。

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