小説

『飯縄山は一九一七(ひくいな)』瀬木哲(『だいだらぼっち伝説』(長野県長野市))

 善光寺平が小さくなり、隣の佐久平が見えます。さらに松本平、伊那平も。「自分が見ていた世の中は、こんなに小さかったのか」と飯縄は思いました。
 さらに上っていき、弓のような形の島が見え、ダイダラボッチに光をあてた紫の雲とその上にいる何者たちかが見えました。そのうちの一人が、飯縄をみて微笑んだようです。
 さらに上りあたりが真っ暗になると、青い球体が見え、それを照らす大きな光の球が見えました。光の球も小さくなり、なにもかもが小さくなり、すべてのものがなくなり、闇すらも消えたところで、飯縄は、何者かが寂しそうに一人でいるのを見た気がしました。
「飯縄どん、飯縄どん、大丈夫か」
 気が付くと、飯縄は黒姫に声を掛けられていました。
「おらは大丈夫だ。ダイダラボッチは?」
「戸隠どんが天の岩戸を出して、おらがそれを飛ばして追い払っただ」
「岩戸を? それじゃ戸隠どんは」
 戸隠は、岩戸を隠すための山でした。その岩戸を出してしまったら、戸隠はなくなってしまうかも知れないのです。
「おらなら大丈夫。岩戸はダイダラボッチを懲らしめて戻ってきてくれただ」
 少し疲れた声で、戸隠は答えました。
「おお、ありがとう。ありがとう戸隠どん、黒姫どん。本当にありがとう」
「いいんだ。それよりすまなかった。飯縄どんがいつも自慢げなので、少し懲らしめてやれと思って、ダイダラボッチを呼んだだ」
「いいんだ、黒姫どん。おかげでおらも色んなことが分かった。分かったんだ」
 それだけいうと飯縄は眠りに落ちてしまいました。

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