小説

『飯縄山は一九一七(ひくいな)』瀬木哲(『だいだらぼっち伝説』(長野県長野市))

「飯縄どん、もうやめろ。人間たちが」
「うう、黒姫どんの言う通りだ。おい、ダイダラボッチ、やめろ」
 ダイダラボッチは飯縄を引っ張ることに夢中で黒姫や飯縄の言うことが聞こえません。
「だーいだーらぼっちー、でーらぼっちー」
 楽しそうに口ずさみながら、足をだん、だんと鳴らし、飯縄を引っ張り続けます。
「やめろダイダラボッチ。おらの頭から炎が出る。人間たちを焼いてしまう」
 飯縄の叫びも通じません。
「黒姫どん、戸隠どん、こいつを止めてくれ。このままでは善光寺平が」
「おい、ダイダラボッチ、やめろ」
 困った黒姫も声を掛けてみますが、当然、ダイダラボッチには届きません。
「黒姫どん、おらに力を貸してくれないか」
 戸隠が、悲壮な表情で告げます。
「戸隠どん、まさか。でも、それをしたら」
「このままじゃ、善光寺平がなくなる。もう、こうするしかない」
「でも」
「やってくれ」
 戸隠の決意は、揺るがなそうでした。黒姫はうなづき、力を貸すことに決めました。
「うおおおおお」
 戸隠が体を震わせると、大きな岩戸が浮かび上がりました。天照大御神(あまてらすおおみのかみ)が隠れ、天手力男命(あめのたじからおのみこと)が投げた天の岩戸を戸隠は隠していたのです。
「うおおおおお」
 今度は黒姫が体を震わせ、その岩戸を飛ばします。
 岩戸は太陽に向かって飛んでいき、そこから紫の雲が現れ、光を放ちます。
「うわあ」
 光はダイダラボッチの目にあたり、ダイダラボッチは飯縄を放しました。
 飯縄も光に包まれました。でも、苦しくも痛くもなく、急に、空高く舞い上がった気がしました。

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