小説

『飯縄山は一九一七(ひくいな)』瀬木哲(『だいだらぼっち伝説』(長野県長野市))

 飯縄は「言うだけのことはあるな」と思いましたが、おくびにも出さず語りかけます。
「おいお前、世の中を広く知ってるらしいな。でもおらよりは知らないはずだ」
 ダイダラボッチは、飯縄を見ると、ふふんと鼻を鳴らしました。
「飯縄よ。そんなにいばるな。善光寺平など、この国のほんの一部だ」
「うそを言うな。そんなことを言うなら、おらに、その国とやらを見せてみろ」
「ふうん」
 ダイダラボッチは太い足をずんと踏ん張って、雲から手を突き出し、飯縄山を持ち上げはじめました。
「いたい、いたい、なにをする」
「お前、この国を見たいんだろう」
「これで、お前が見た世の中が見えるのか」
「ああ、そうだ」
 飯縄は、広い世の中が見られるなら、この痛みに耐えてみようと思いました。
「ほら、この国が見えるか」
「まだ見えぬ、ああ、でも、痛い」
 戸隠は、痛がる飯縄を見ていられません。
「飯縄どん、もういい。善光寺平が見えれば、それでいいじゃないか。ダイダラボッチもやめてくれ」
 ダイダラボッチは飯縄を引っ張ります。耐えている飯縄の頭から湯気がふきはじめ、やがて炎も出てきそうです。
「ああ、飯縄どん。そんなことをしたら善光寺平の人間たちが……どうすればいいだ。黒姫どん、どうすればいい」
「飯縄が好きでやってることだ放っておけ」
 飯縄を持ち上げきれないダイダラボッチは、だん、だんと足を踏みしめました。善光寺平が大きくゆれ、人間たちの悲鳴が、飯縄、戸隠、黒姫に届きました。

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