小説

『怠け神』小山ラム子(『怠け神』(山梨県))

 しまった。今のは卑屈っぽすぎたか。
 慌てて店長の表情を確認する。
「いいに決まってんじゃん!」
 思いがけない返答にぽかん、としていると高木さんが向こうから走ってくるのが見えた。
「山田さーん。買い取りのお客さん来た」
「あ、はい!」
 店長に頭を下げてからレジへと走る。
 ちょっとびっくりした。
 あんな風に、真っ直ぐ言われたことなんてなかったから。
 その日、家に帰ってから俺は机の上を片づけた。それからコピー用紙を引っ張り出して、鉛筆で殴り書きを始める。
 時々漫画本を引っ張りだしてきて、また殴り書きを再開した。まとまったらワードで打ち出そう。
『いやー助かるわー!』
『いいに決まってんじゃん!』
 高木さんと店長の言葉が頭の中をぐるぐる回る。だけど、気が付いたらもう一人の声も再生されていた
『山田がいてくれて助かるわ』
 あの人達も最初はそう言ってたっけ。
 その途端、怠け神がにやりと笑った。

 俺の書いた感想を見て、店長はびっくりするくらい喜んでくれた。
「もうこれ山田さんが書いたほうがいいじゃん!」
 実はそう言ってもらえることを期待していた。バッグの中から用意していた物を取り出す。
「こんな感じで大丈夫なら」
「え! めっちゃいいじゃん!」
「じゃあまた家で書いてきますね。書いてきてほしいもの、また教えてください」
「へ?」
「え?」
「いやなに言ってんの! ここで書きなよ! ちゃんと時給つけて!」
「いや、でもこれ作るのは楽しいんで」
「楽しいとお金もらっちゃいけないの⁉」
 がん、と俺の中で何かがひび割れた。そこからまた別の何かが顔を出す。
「店長、ちょっといいですか」
「あ、はい! 山田さん、また後で!」

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