そして意気揚々と男は電話をかけた。
ボイスチェンジャーで声を変えておく事も忘れない。
最初の一言は、ずっと言ってみたかったセリフだ。
「お前の娘を誘拐した」
『はあ』
返ってきたのは、間の抜けた声だった。
もっと驚き恐怖してほしいな、と男は思ったが、仕方ない、向こうもまだ状況が理解できていないのだろう。
「信じられないか、だが本当だ」
『あの、何かの悪戯ですか』
「本当だ。お前の娘を」
『こういう悪戯はやめてください。しつこくするなら警察に通報しますよ』
「通報はやめろ! 子供がどうなってもいいのか!」
『だから悪戯はやめてくださいって』
信じない……。誘拐はすんなりいったのに、まさか電話で、しかも金の話もしない内にこうも難航するとは予想外だった。娘の声でも聞かせてやればすぐに信じるかもしれないが、こちらはどうも怯えた様子で、口を塞いでいた布を外してやっても、何も喋らない。
「……もういい。夜にまた電話をする。深夜まで娘が帰ってこなければ、お前も流石に誘拐だと理解できるだろう」
『いい加減にしてください。娘なら今目の前で宿題してますよ』
「え?」
何を言っているのか、と男が戸惑っている内に電話は切れた。
宿題。娘が。どこで。家か?
そんな筈はないのだ。あの家の一人娘は今縛られて男と共に小屋にいる。
いる。
確かにいる。
では何だ? 電話に出た、この子供の親が嘘を吐いたのか? 何の為に? 身代金を払いたくなくて?
そんな訳がない。しっかり事前に調べているのだ、白羽家の一人娘は溺愛されていて、誘拐されたともなればきっと焦って金なんて幾らでも払ってくれる筈で。じゃあどうして。
唸り声。
まるで犬の出すような声。