小説

『僕の見る世界』香久山ゆみ(『おいてけ堀』(東京))

「残念イケメン」だと、児島にはからかわれる。
 PCのシステムエラーの時に対応してやったところ、すごいなぁと素直に感心された。
「へえ、こういうの得意なんだ。意外」
「家でもパソコンいじってばっかいるし。好きなんだよ」
「もっとアピールすればいいのに」
「べつに。求められていないし」
「……なんで営業の仕事選んだの」
 直球で聞いてくるあたりが児島らしい。
「選ぶ余地がなかったんだよ。ここだってもともとシステム部に応募したはずなのに、採用されたらなぜか営業部に配属された」
「顔だね」
「顔だな」
 児島が即答するから、僕も素直に返す。早く偉くなって、僕をシステム部に異動させてくれと言うと、はいはいと謙遜もせずに笑ってる。まぁたいつの間にかパーマなんてかけて。
 街角で、本屋で、児島を見掛けても声を掛けられない。あ、児島だ。と思う。けど、本当に児島かなと思う。髪形が違う。思っている服装じゃない。自信がない。また間違えたら。そう思うと自分から声を掛けることができない。
「お。ナッシー!」
 そうこうするうちに児島がこちらに気づいて懐こい笑顔を向ける。僕にはできない芸当。
 気づいてたなら声掛けてよ。そう言う児島に、ならばころころ髪型変えるのをやめてくれと言っても当然聞きやしない。メークも変えたんだと詰寄られたって、僕が気づこうはずもない。
「私だって声掛けて人違いだったってこと何度かあるよ。けど、それも新たな出会いじゃん」
 営業トップはあくまでポジティブだ。僕は彼女みたいに自信を持てない。これまでの人生の積重ねだ。たぶん児島だ、きっと児島だ、けれど万一違ったら? そう思うと声を掛けられない。いつでも彼女の方から声を掛けられて、よかったやっぱり児島だったと安心する。
「自信がないから確信が持てないんだ。髪型もころころ変えるしさ。なにか児島だってしるしがあればいいんだけど」
「ふむ。確信を持てるしるしね」
 そんなやりとりをした時、僕らは同じことを考えていた。

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