隣家の山田家へは歩いて5分だ。気づかれないように探りを入れなければならない。何て言おうかと考える。
山田家の玄関前に立ちチャイムを鳴らそうとした瞬間、いきなりドアが開いた。
早紀ちゃんが立っていた。
「久しぶり!」
明るい声が返ってきた。僕は慌てふためき更に緊張し「あ、はい」と答えていた。
「なにそれ。4年ぶりに会ったのにその挨拶?」
「い、いやそいうわけじゃないけど」
早紀ちゃんは僕が大学に行っている間に隣町の男と結婚し、コロナ離婚して戻って来たと早口で笑いながら説明した。
僕はもう目の前で起こることが目まぐるし過ぎて、親父のことを聞きそびれていた。
「でさ、オジさんいないからご飯困るでしょ?」
早紀ちゃんは親父が出ていったことを知っていた。
ということは、どうやら銀行強盗で逃亡中というのはなさそうだ。
「作りに行ってやろうか?」
「え? いいの?」
「どうせ冷蔵庫に野菜しか入ってないでしょ」
そうなんだ。早紀ちゃんはなんでも知っている。親父のことは早紀ちゃんに訊いた方が早そうだ。
その夜、早紀ちゃんは肉を持参してくれた。我が家の台所に立ってなにやら不思議な食い物を作ってくれた。見た目は悪いが旨かった。
親父が居なくなって二日目の夜だ。僕は早紀ちゃんに親父の置手紙を見せた。薄い方だ。
「ふ~ん、オジさんらしいね」
「ひどくないか、これ?」
「まあ、酷いっちゃあ酷いけど、いいじゃない一度きりの人生だし。その人生はオジさんのものだし」
早紀ちゃんの説明だと、親父には心に秘めた人がいて、その人とやり直したいと言って家を出たのだという。
「なんだ、それ!」
親父がそんな考えを実行に移したのは宝くじが当たったからだとも言った。
「宝くじ! 幾ら?」
「さあ、金額は知らないけど、余生を生きて行かれるくらい、って言ってた」
嘘だな、って思った。もしかしたら億単位の金額ではないのか。親父のことだ、もしそんな金が手に入ったら、こんな田舎にいるのが馬鹿馬鹿しくなり出ていきたくなる。代わりに俺を帰らせ家を守らせようとしたんだ。
「でさ、うちもおこぼれ貰ったんだけど」
「え、いくら?」
「百万、この家の仏壇と墓の見守り料だって。オバさんの位牌もあるしね」
そうかそれで分かった。出ていくためには先祖代々の墓と仏壇と母親の位牌を守る人間が必要だった。僕はコロナの間は帰って来ても収まればまた出ていくだろうと読んだんだ。
当たってるよ、親父。