「……誰にも言わんといてね。勝手にエサあげるって、あんまり良くないのはわかっとんよ」
未希は言いながら、白い猫におやつをあげながら、もう片方の手で猫の頭を撫でている。私もしゃがんで、おやつをなめる猫と未希の顔を交互に見る。
「びっくりしたわ。幽霊が未希さんやったとは」
「幽霊?」未希はキョトンとしている。私は、今朝の会話を未希に伝えた。未希は「なるほど、それで仁美ちゃんが幽霊のこと聞いてきたんやね」と呟いた。「でも、幽霊やと思われてるとは」
「夜中にここでトーフ言いよったらそりゃ言われるよ」
私が言うと、未希は猫に視線を向ける。
「豆腐っていうのはこの子の名前。真っ白やけん。ちょっと前に見つけて、私が勝手につけたんよ」
未希は言いながら、なるほど、と何度か呟いてから、堪え切れないように笑い出した。「そうか、それは幽霊やな」
私も笑っていた。猫に豆腐と名づけるセンスと、なにより丸亀城と豆腐売りの逸話を忘れて夜に「トーフー」と呼びかける姿が可笑しかった。
笑いながら、やっぱり未希がこんなに笑っているのを初めて見たな、と思った。
ひとしきり笑ってから、二人で猫を撫でていると、ふと、猫に首輪がついているのが目についた。その首輪には見覚えがあった。
「……この猫探してます、っていう張り紙あったよ」
私が言うと、未希は驚いた表情になった。その後、猫を見て微笑んで、
「無事発見、やね」
「さみしい?」
「発見者やって言うたら時々会わせてくれるやろ」
意外にも強かなことを言う。私はまた笑った。
「ほんまに猫好きなんやね」
「妹が猫アレルギーやけん、家じゃ飼えんのよ」
「ほかの動物は?」
「動物はみんな好きやね。それで獣医学部目指っしょる」
「へえ」医学部だ、と噂では聞いていたから驚いた。
「未希さんのことよく知らんなって、思いよったんよ」
「自分のこと喋らんねって、よく言われる。自分には大した話がないけん、みんなの話聞く方が面白いだけなんやけど」
そういって微笑む未希の表情が少し寂しそうに見えたのは、やっぱり私の勝手な見方かもしれない。でも、未希の新たな一面を見られて、私はうれしくなった。
「ね、未希って呼んでええ?」私が言うと、
「ええよ」と未希は言う。「私も由香里って呼ぶね」
誰にでも「ちゃん」をつける仁美のことを、未希は「仁美ちゃん」と呼ぶ。
わかっていたことだ。自分が、勝手に彼女を遠い存在だと考えていたのだ。
「あんまり呼び捨てで呼ばれることなかったかも」と未希が呟いたところで、白い猫は私たちの間をするりと抜けて、林の奥に消えていった。その背中を見送ってから、私は未希に言う。
「私、未希に勝てるように頑張るわ。とりあえず勉強。一回は一位とるけんな」
未希は一瞬驚いたような表情になったが、すぐににやりとして見せる。
「ほんなら、私も頑張らないかんね」
その時、どこからか「豆腐、豆腐」と言う男の声が聞こえた気がした。
私たちは顔を見合わせた。「聞こえた?」と言う声が重なり、どちらからともなく、また笑いだした。