そんなことをぼんやりと考えているうちに授業は終わり、私は塾の自習室にいた。深呼吸代わりに、大きなため息を一つ。仁美と愛衣には、またボーっとしている、とおもわれただろう。よくあることだが、頻度が増えた気がするのは、三年生になって受験が近づいてきたからかもしれない。
時計を見ると随分と遅い時間になっていた。家には遅くなると連絡を入れてはいるが、そろそろ帰らなければ心配させてしまう。
荷物をまとめて塾を出、ちょうど見上げた正面に、丸亀城の天守閣が見えた。巨大な石垣の陰の上に、光で照らされた天守閣が浮かび上がっており、不思議な存在感がある。
家までたいした距離はないが、城を挟んだ向こう側になる。
今日は城の中を通って帰ろう。いつもは明るい道を通るために迂回しているが、気分転換になるし、仁美が話していた幽霊の話も、少し気になった。
堀にかかった橋を渡り、大きな門から城内に入った。そこから城下を一周できる道が続いている。部活や持久走で嫌というほど周回するその道は、夜には全く違った雰囲気を纏っていた。照明は最小限に抑えられ、右手を見ると木々の影の中に石垣がぼんやりと浮かび上がっている。暗さのせいか、あるいは木々が多いせいが、周囲の空気が冷たくなったように感じられた。まだ六月とはいえ、昼間は十分に暑い時期なのに。
少し歩くと、堀の向こうは住宅が増えて、明かりが少なくなる。さらにそちら側にも木々が増え始め、両側を林に囲まれることになる。人気はない。
ゆったりとした、しかし冷たい風が周囲の木々を揺らし、私の頬を撫でた。
と、その時。
ーーとーふー……
心臓がはねた。周囲を見渡しても、暗くてよくわからない。動くものはなかった。
聞き間違いか、と思いつつ、意識を耳に集中する。
「トーフー、トーフー…」
今度ははっきりと聞こえた。押し殺した女性の声。心臓が早鐘をうちはじめる。もう一度周りを見渡すが、特に変わった様子はない。
豆腐売りの幽霊が影が見えたらどうしようか。いや、豆腐売りは男じゃないのか?
朝、仁美の話に冷静な突っ込みを入れる愛衣の姿を思い出すと、何となく落ち着いた。
が、その瞬間に林の中からガサガサという音が聞こえて、またぎくりとする。何か白い影が茂みを横切った気がした。
音の方に私が足を踏み出したのは、好奇心からか、何か勘づくところがあったのかは、自分でもわからない。ただ、音を立てずに林の中に足を踏み入れ、声の主を見つけた私は、驚きで一瞬、声を失った。
「未希さん?」
私が口にすると、しゃがんでいた影が「わっ」という声とともに顔を上げ、そのまま尻もちをついた。その上に何か白い影が飛びかかる。一瞬遅れて、それが猫だとわかった。彼女の右手には、チューブ状の猫用おやつが握られていた。