「それで、あなたは声をかけてあげなかったの?」
話を聞いていた佳乃がそう言って眉をひそめた。
分かっているが、それができなかった。赤いマフラーが地蔵に巻かれていたからだ。それは、秋吉にある苦い出来事を思い出させた。
「なぜ、ひとの物を盗るようなことをしたんだ。おい、晴生、何とか言え!」
目の前で晴生がうなだれていて、横では小さな美里がぎゃんぎゃんと泣いていた。
「なあ、晴生。盗みをはたらくような真似だけはするな。お前のせいで、ここの子たちが色眼鏡で見られるようになるんだぞ。お前も中学生になるんだろう。だったらわかるよな」
人との会話が不得意な晴生は、最後までじっと黙っていた。
美里のお気に入りの赤いマフラーがなくなり、晴生がそれを持ち去るのを見たという目撃談があった。子供たちの言葉だけで、秋吉は晴生が盗ったと決めつけた。学園の子たちに対する世間の目に悩んでいた時期でもあり、そのイライラを晴生にぶつけてしまったのだと思う。ことさら厳しく叱ってしまった。
しかし、それは痛恨の失策となった。
園長の佳乃が美里から話を聞きだすと、赤いマフラーは美里のほうから晴生に渡したのだが、怒る秋吉が怖くてそれを言い出せなかったということが分かった
それ以来、晴生とはまともに口をきいていない。
「秋吉先生。まだあのことにこだわっているの?」
佳乃の言葉に、秋吉は過去への物思いからふと我に返った。
「晴生くんがお掃除を頑張っているなら、手伝ってあげたらどうかしら」
「そうですね……」
佳乃の優しいまなざしに後押しをされ、さんざん迷ったが、秋吉は地蔵小屋の前でバスを降りる決心をした。
その日は青空が綺麗な日だった。秋吉はバスを降りると、地蔵小屋をじっと見詰めた。そこにはすでに晴生がいて、地蔵の世話をしていた。
秋吉は少し離れた所でゴミを拾った。誰が捨てていくのか、道端の草むらには様々なゴミが落ちていた。缶、瓶、ビニール袋。背後の林の中には大きな段ボールまで。
秋吉に気づいた晴生がしばらくこちらを見ていたが、そのまま作業に戻ってしまった。