小説

『美知しるべ』アズミハヤセ(『かさじぞう』)

 二人で黙々とゴミを拾い続けた。
 そんな場所でゴミ拾いや草むしりをしているのが余程めずらしいのか、通りすがりの人が自転車を止め、せっせと働く二人を不思議そうに見ていた。わざわざ車を止めて、運転席から顔を出している人もいた。
 その後も、秋吉は外に出かけるたびに地蔵小屋に足を運んだ。やはり晴生はひとりで地蔵の世話をしていた。同じ中学のチャリンコ隊が、いつものように笑いながら通り過ぎていった。
 でも、小さな変化があった。
 最初は空き瓶に挿された一輪の花だった。道端で摘まれた雑草のような花だったが、くすんだ石地蔵の前に置かれると、白さがひときわ目を引いた。しばらくすると、それが二本になり、三本になった。
 ある時には、見慣れた学生服の中学生が自転車を止めて、地蔵に手を合わせていた。それが二人に増え、三人に増えていった。
 見ていると、花を活けたのは色とりどりのランドセルを背負った小学生たちだということが分かった。いつの間にか、空き瓶が二つに増え、今度は黄色い花でいっぱいになった。そのうちの一本は、秋吉が足元の野花を摘み取ってこっそりと挿したものだった。
 子供たちをまねて空き瓶に花を挿してみると、それだけで気持ちが暖かくなった。秋吉は地蔵に向かって手を合わせ、この時初めて地蔵の顔をまじまじと見た。どこかで目にしたような、懐かしさを覚える顔だった。かわいらしい花が嬉しいのか、お地蔵さんは微笑んでいるように見えた。
 ピーヒョロヒョロ。頭上の青空で、トンビが長閑な鳴き声を上げていた。
「ご苦労さん」
 通りすがりのおばさんが、そう言いながらお供え物を置いていった。可憐な花束に紅白の餅が加わると、地蔵の前が一気に華やかになった。
 また、別な日には、晴生と秋吉の前に軽トラックが止まったと思ったら、中から作業服の男が出てきて、地蔵小屋の破れた屋根を板で塞ぎ始めた。二人でまだらになった屋根を見ていると、男は「とりあえずじゃ。次は全部新しくするけぇ」とぶっきらぼうに言いながら帰っていった。
 これで、雨の日でもお地蔵さんに傘をささなくてすむ。
 晴生がたったひとりで続けてきた行動は、小さなさざ波が時間をかけて岸に届くように、子供から大人へと少しずつ広がっていった。
 それでも残念なのは、晴生とは言葉を交わせずじまいだということだった。
 地蔵が巻いている赤いマフラーが、やはり秋吉には無言のプレッシャーとなっていた。
「ねえ、秋吉先生。これを見て」
 園長室に呼ばれた秋吉の前に一枚の写真が差し出された。
 佳乃が手にしている写真には、雪が残る畑の中、かごを背負った老婆と、その上着の裾をつかんでいる幼い子供、そして一体の石地蔵が並んで写っていた。
「この子が小さい頃の晴生くん。赤ん坊の時に両親を亡くしてね、おばあちゃんに引き取られたのよ。そのおばあちゃんも亡くなって、ひとりぼっちになってしまったの。ほら、よく見て、その写真」
 佳乃の言いたいことはすぐに分かった。地蔵は赤い帽子をかぶり、涎掛けの上に赤いマフラーを巻いていた。

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