小説

『時と夢の旅人』田村瀬津子(『浦島太郎』)

 東京から新幹線で故郷の街に向かい、駅を後にし、姉の夫である晃さんが入院している病院へとバスで向かっていた。
 病院に着いたことをショートメールで姉に伝える。少しするとロビーの端にあるエレベーターの扉が開き、姉が降りて来るのが見えた。短い挨拶を交わした後に姉に問いかける。
「意識はないままなのね」
「でも容態は安定してきているの。共済組合の保険で当面の医療費と生活費は何とかなっているし、毎日お見舞いにも来てあげられるし、家事と子育てはお母さんに手伝ってもらいながら何とかやっている。修はさすがに感づいているけど、チビちゃんたちは状況が全然分かっていないしね」
 姉はこの状況をきり抜けるための具体策について淡々と語っていた。
「しばらく休業して地元に戻って来ようかな。お姉ちゃんの傍にいてあげたいし」
 私はフリーのカメラマンで香港での撮影の仕事を先週終えたばかりだった。晃さんが脳出血で倒れたのは二ヵ月ほど前で、日本を去る前にお見舞い来られないまま、今に至っているのだった。
「そんな必要はないよ。今のところ」
「それなら私の貯金を使って」
「お金のことは何とかなると言ったでしょう。いざとなったら私が働きに出る。お母さんには面倒をかけることになるけど」
 行き場のない焦燥感からほとばしる申し出は、何の役にも立たないのだった。
「病室に行こう」
 姉はそう言って表情を緩めた。

 病室には四つのベッドが並べられていて、晃さんのベッドは窓際にあった。
「パパ、千絵が会いに来てくれたよ」
 姉が晃さんの片手を握る。私はベッドの反対側にまわり、晃さんの腕に触れた。
「どんどん触って話しかけてあげて。脳に色々な刺激を与えるのがいいみたいだから」
 晃さんの腕を擦りながら、香港に滞在していたときの話をすると、晃さんは両目を閉じたまま何度か瞬きをした。僅かなコミュニケーションならできるのだと分かると、私はますます饒舌になり、この先の仕事の予定や、私が撮影したガーデニングの写真集が来月に出版されることなどについて語った。

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