小説

『時と夢の旅人』田村瀬津子(『浦島太郎』)

 病院を去り、姉の運転する車で姉の一家が暮らす家へと向かう。姉の家に着き三人の子供たちに再会すると、三歳の三男は千絵ちゃーんと言って、私に飛びついて来て、五歳の次男は逃げ隠れをし、十歳の長男の修君は照れくさそうな様子で私を見ていた。私は三男を抱き上げ、次男の名を大声で呼び、子供たちの面倒は私がみるから、夕食の支度でも始めていてと姉に伝えた。
 次男と三男に揉みくちゃにされながら、修君だけが一家が直面している状況を察していると、姉が言っていたことを思い返していた。子供が今この瞬間だけを生きられずに、未来への不安という魔物に心を奪われそうになるのは、何歳くらいからなのだろうかと考えを巡らせていると、次男と三男が喧嘩を始めそうになったので、慌てて止めに入ったのだった。

「子供たちに振り回されながら、わけが分からないまま毎日が過ぎていくのね」
 下の弟たちを何とかして振り払いながらキッチンに移動し、姉に声をかけた。姉は料理をする手を止めて苦笑いした。
「この間の話のことだけど」
 私の結婚についての話だった。
「とてもじゃないけど覚悟できない。はっきりと分かった」
「結婚する前から分かるはずがないじゃない」
「長い年月をかければ、愛は自然に育つとでも言いたいの?」
「そうとも限らない」
「いがみ合いながら何年も一緒にいる夫婦もいるものね」
「それはそれで試練なのね」
 姉は何かを受け入れて、他の何かを手放したかのような眼差しで言った。
「私のような境遇になったら、離婚すると言いきった友だちもいた。お金と子供のためだけの夫婦関係だからと言って。でもきっと大したことは何も起こらないまま夫婦でい続けるのね。私だったらそんな結婚には耐えられない」
「耐えられることのできる試練しか、運命は与えないということ?」
「その覚悟ができたら、結婚できると思わない?」
 私は何も言えずにいた。
「私たち色々とあった末に結婚したじゃない」

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