まったくもって、桃太郎とは調子を狂わせる男である。「どうしたもんか」と呟きながら、歩みを止めることもしない。だが、風に揺れるその髪の黒が美しくて、愛犬とは比べ物にならんな、と考えを改めた。
「俺の仮説を言おう」
「仮説まで立てているのか、恐ろしいなぁ君は」
「茶化すな、馬鹿者」
釘を刺しながら、俺は此処までの道のりで得た情報を整理する。桃太郎の家につくまで、ただ歩いていたわけではない。
「君に会う前に、幼い頃から君を知る、という人に会った。彼はこう言っていた。桃太郎は、町民に鬼退治を依頼されたから鬼ヶ島に向かったのだと」
「……」
「依頼されて行ったという時点で、噂は根本から間違っている」
桃太郎は気まずそうに視線を左右に動かし、状況を打破する術を考えているのが見て取れた。嘘をつくことができない、それが天が彼に与えた欠点か、とも思ったがそもそも嘘はつけぬ方がいい。
「その人物に聞けば、君は確かに鬼ヶ島に行き、財宝を持ち帰った。そしてそれを住民たちに配ったとも。宝に目が眩んだと言われているが、君の身なりも、家も、質素極まりないものだった。財宝を隠し持っているようにも思えん。では、噂は何なのか」
俺の言葉に、桃太郎が歩みを止めた。大きいと感じた上背が、今となっては小さく見える。
「あの噂は出まかせだ。一夜で英雄となった君への、嫉妬が形を成した」
桃太郎は答えない。
だが、答え亡き回答が、今度は肯定を意味していると俺は思った。
「本当の悪人は君ではない。君を戦地に送りながら、手のひらを返した住民たちだ」
「なるほど、なぁ」
その顔が、ゆったりと横へ向いた。何気なく進んで来た道は緩やかな坂になっていたようで、先ほど通り抜けた町もよく見える。
「では、そうだとして。一寸法師、君はそれを聞くためだけに俺に会いに来たというのかい」
「…いいや、そうではない。君に聞かねばと思った。いや、君しか答えられないと思った」
俺は一番最初、桃太郎に問うた時のように緊張を隠すように声を絞り出した。
「俺たちの鬼退治とは、一体なんだったのだろうか」
その質問に、桃太郎はやはり分かっていた、と言わんばかりの顔で笑った。
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