小説

『祭りの日』せとうちひかる(『石城山の山姥(山口県光市塩田)』)

 
  「そしたら僕たちが集めるハチミツを持って、来年の祭りに遊びに行ったらいいよ」
 「でも、私にハチミツをくれたらミツバチたちのハチミツが少なくなってしまう」
 山姥が、言うと
 「僕たちが、二倍頑張ればいい。そうしたら、山姥さんのハチミツと僕たちのハチミツが溜まる」
 さっそくミツバチたちは、飛んでいきます。山姥は、二倍働くというミツバチたちのお手伝いをしようと考えます。でも、山姥は何も思いつきませんでした。ミツバチたちが怪我をしないように、病気にならないようにと祈ることにした山姥はミツバチたちの消えた山に両手を合わせ祈ります。山姥の祈りだけの一年が過ぎていき、また祭の太鼓の音が岩城山のてっぺんに聞こえてくる季節になりました。
 『ドーン、ドーンドドン』太鼓の音の中ハチミツの壺を大切に胸に抱くと、山姥は山を降りる道へと向かいます。
 「大丈夫?僕たちもついて行こうか?」
 ミツバチたちが声をかけました。ふりむいた山姥は笑顔を作ると
 「大丈夫だよ」
 そして、片手を上げると
 「バイバイ」
 手を振り歩いて行きます。振ったその手は、すぐにハチミツの壺に戻します。一年間山姥のためにミツバチが集めてくれたハチミツの壺を落とすわけにはいかないのです。
やがて山姥の後姿が、曲がった山道の先に消えて行きました。岩城山のてっぺんでは、まだ心配そうなミツバチたちが羽音を『ブンブン』と響かせています。
 長い山道を降り、山姥は里の広場へと向います。あの曲り角を曲がれば、目の前は広場のはずです。山姥は、足を止めました。降りてきた岩城山を見上げます。そこには、山姥の友だちのミツバチたちがいます。胸に抱いた壺から甘い匂いが山姥の鼻の奥へと入ってきます。
 「元気になる匂いだこと。そして、勇気も湧いてくる匂いだこと。だって、このハチミツは、私の友だちが私の為に一生懸命に集めてくれた大切なハチミツなのだから」
 山姥は一歩一歩、足を踏み出しました。

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