小説

『祭りの日』せとうちひかる(『石城山の山姥(山口県光市塩田)』)

 『ドーン、ドーンドン、ドン』
 村の広場から、和太鼓の音が大きく、大きく聞こえてきました。夏祭りの始まりです。
 岩城山のてっぺんにある岩の上に、一人のおばあさんが白い着物の裾と、白く長い髪を風に揺らしながら立ち、祭りの始まる里を見下ろしています。昔、昔からこの岩城山に住んでいる山姥(やまんば)でした。
 「いつ聞いても、太鼓の音はいいねえ」
 山姥がつぶやきます。風だけが『ピュウ―』と返事をしてくれます。
 「しかし、太鼓の音とは不思議なものだな。あの里の広場の太鼓から出ているはずの音が、わたしの腹から出ているように、腹がドンドンと言ってるわい」
 今度は、風さえも返事をしてくれませんでした。山姥はお腹の真ん中にあるオヘソをゆっくりとなぜてみます。やっぱり、お腹の奥から『ドーンドーン』と太鼓の音が出てきているような気がします。
 「それでは、太鼓の音だけでも腹にためて、祭りを楽しむことにしよう」
 太鼓の音が出てこないように、手でしっかりとオヘソをふさぎ山姥は、岩城山の頂上にある大きな岩でできた家へと帰って行きました。
 次の朝また、岩の上に立つ山姥がいました。朝のお日さまが元気よく、山姥の白い髪をキラキラと輝かせています。里の広場では、たくさんの人たちが昨日のお祭りの後始末をしているのが見えます。
 「ああお祭りが、終わってしまった」
 山姥が言いました。そして
 「今年もまた、里の人は祭りのお茶碗をわたしのところに借りには来なかった」
 毎年、毎年山姥は同じ言葉を言っていることに気がつき笑ってしまいます。岩のまわりでは、アザミが赤い小さな花火のような花をたくさん咲かせています。そのおいしいハチミツを貰おうと朝からたくさんのミツバチが集まって来ています。山姥は腰をかがめアザミの花に顔を近づけて、花をのぞき込みました。花の中で小さく羽を震わせているミツバチに話しかけます。
 「お前たちはいいね。いつも仲間と一緒で」

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